第194話 勇者解任

「残念でしたね、お姉様」


 走り出した馬車の中、アウリエルは対面に座るオリビアにそう言った。


 言葉の意味は聞かなくてもわかる。


 しかし、オリビアは首を横に振った。


「いいえ。まだわかりませんよ、アウリエル」


「そうですか? わたくしには絶対に不可能そうに見えますが……」


「マーリン様のおかげで光明が出ました。ふふふ。面白くなるのはここからですね」


「?」


 オリビア王女が何を言ってるのか僕にはわからなかった。


 アウリエルは神妙な表情で何やら考え事をして、


「まさか……そのためにマーリン様を?」


 とオリビアに訊ねる。


 彼女は涼しい表情でまたしても首を横に振った。


「違いますよ。偶然です」


「怪しい……お姉様のことだから、こうなるのを予想してわたくしを呼んだのでは? 今思えば、怪しい点が……」


「まあまあ。それよりマーリン様は、あの方が勇者になるのを否定しませんか?」


「僕ですか?」


「マーリン様に認められるくらいの勇者であれば、こちらとしても助かります」


「うーん……よくわかりませんね。ただ、ベアトリスさんなら立派な勇者になれそうな気はします」


 少なくとも今の勇者よりはまともだろう——とは言わなかった。


 恐らくオリビアも同じことを思っているだろうが。


「そうですか。それは何よりです。ではこのまま、彼女に再びアプローチをかけてみましょう。同時に、噂の勇者様を解任に追い込まないと」


 くすくすと彼女は笑う。


 その表情がまるで悪魔のように見えたのは……僕の気のせいだろうか?


 隣に座っていたアウリエルも、


「ああ……またお姉様が悪い顔をしています」


 とため息を吐いていた。


 やっぱりオリビアさんのあの顔は、悪いことを考えている顔だったのか。


 アウリエルもそうだったが、なかなか彼女も個性が強いなぁ……。


 ガタガタと揺れる馬車の中。不穏な気配と考えが渦巻いていた。


 果たして勇者はどうなるのか。僕は、特に気にしないでおくことにした。




 ▼△▼




「なん……だと!?」


「三度は言わぬぞ。今日からお前はただの一般市民だ。本日より、二度と王宮へ入ることを禁ずる」


 謁見の間に呼ばれた勇者が、いきなり国王陛下からそう告げられた。


 あまりにも一方的な物言いに、さすがの勇者もキレる。


「ふざけるな! 誰がお前たちのために頑張ってやったと思っている!」


「謝礼は出す。しばらく生活には困らないほどの大金だ。それに、契約を果たした際に書いておいただろう? 勇者の件は解任になる可能性もある、と」


「だが……一方的すぎる! 俺は勇者だ! なぜ解任などと……!」


「心当たりはないのか?」


「ないな。俺は勇者だ。勇者らしく行動してきた」


「ハァ……そうか」


 悪びれる様子のない勇者の態度に、これまで勇者のことを庇ってきた国王と言えどもため息を吐く。


 頭が痛いとはこのことだ。最初から自分の見る目は曇っていたのだとわかる。


「それがわからないからお前は解任されるのだ」


「そうですよ、一般市民さん。あなたはもう勇者ではありません。そしてこの件は契約を交わした際に誰にも話さないことを条件にしました。だからこそ、あなたは悠々自適に暮らしてこれた。お金も渡した。もはや、これ以上の説明は必要ないでしょう?」


 国王のそばで話を聞いていたアウリエルが、うな垂れる元勇者に向けてそう言い放つ。


 元勇者は鋭い視線を彼女に向けて、


「そうか……貴様が裏で手を回して……!」


 と呻くように呟いた。


 しかし、アウリエルは平然と、


「今のあなたは勇者ではありません。その言葉を不敬罪で裁くこともできるのですよ?」


 と告げる。


「ッ! クソッ! いつか後悔することになるぞ! 俺をクビにした代償は大きかったとな!」


 そう吐き捨てて元勇者は謁見の間から外へ出ていった。


 その背中が完全に扉の反対側へ消えると、またしても国王は盛大にため息を吐く。


「やれやれ……本当にこんなことになるとはな」


「ちゃんと代理の勇者を見つけたのだからいいでしょう? それに、あの態度を見ればお父様の気持ちも変わるかと思いまして」


「まあ、な」


 実は国王は、最後まであの勇者に期待していた。


 弱くても、態度が悪くても最後には更生して強く勇者らしく生きてくれると。


 だが、解任を告げられた勇者は本性を出して吠えた。立ち去る際には呪いのような言葉まで吐いて。


 あれを見ては国王も考えを改めざるを得ない。自分は間違っていたのだと。




「それに、これで他の貴族たちからの反発も抑えられますね。次の勇者候補の方も癖はありますが、無益に喧嘩を売るタイプではないので」


「くすくす。それに、オリビアには考えがあります」


「オリビアに、か?」


 アウリエルの隣に立っていたオリビアが、途中で口を挟む。


 その瞳には、強い好奇心と謎の感情が合わさっていた。


 誰にも聞こえないくらい小さな声で、彼女は呟く。




「ええ……あの方ならきっと、彼女の手綱を握ってくれるでしょう」

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