第193話 別人じゃない?
僕のフードを取ったベアトリスは、まじまじとこちらの顔を見つめて瞳を輝かせる。
「はぁ……今まで会った中でも一番のイケメン! あなたが噂のマーリンね!」
「いや……え? は?」
いきなりフードを剥がされたことにも驚きだが、一番驚いたのは彼女の変化。
先ほどまでの無愛想な表情は消え、女性らしい甘ったるい感じの声が出ていた。
「私はベアトリス。これから素敵な運命の物語が始まる予感がするわ! 一緒に冒険者活動してみたい?」
流れるようにナンパされる。
唖然とした僕が返事を返すより先に、お互いの間にびしっと腕が差し込まれた。
アウリエルだ。青筋を浮かべながら彼女はベアトリスを引き剥がす。
「ちょ~っと待ってください、ベアトリス様。いきなり何のつもりですか? こちらはわたくしの旦那様ですよ?」
「旦那ではない」
勝手に結婚したことにされてる。彼女は彼女で、ここぞとばかりに狙ってない?
対するベアトリスは、
「あなたの旦那? 本人は違うと言ってるけど?」
じろりとアウリエルを睨み、敬語も外れていた。
バチバチと目の前で火花が散る。
「照れ屋なんです。たまに思ってることと反対のことを言います」
「アウリエルさん?」
「だとしても、こちらには関係ない。あなたの旦那はもらう」
「ベアトリスさん?」
二人とも話がおかしな方向へいってないかな? これ、勇者関係の話だよね?
もはや勇者は関係ない。僕の話だ。非常に気まずい。
「くすくす。なかなか面白い展開になってきましたね……これは使えるかも?」
オリビアはオリビアで、この光景を見て何やら小さく笑っていた。
彼女の顔、なんだか不穏な気配がするのはなんでだろう?
まあいい。それよりアウリエルたちだ。
「きゃっ。いま、私の名前を呼んでくれましたね? はい、あなたのベアトリスですよ」
「…………」
どんどんベアトリスの様子がおかしくなっていった。
このままだと喧嘩が起きそうな予感がする。
僕は慌ててアウリエルを引き寄せると、
「旦那ではありませんが、彼女とは特別親しい関係です。残念ですが、あなたの期待には応えられませんね」
「ま、マーリン様……!」
アウリエルは大変大喜びだ。
瞳にハートマークみたいなのが見える気がする。
だが、
「構いません。私は私でマーリンをゲットしてみせます! 愛人が何人いようと関係ない。正妻が私ならそれで!」
「あん?」
ベアトリスは止まらない。
せっかく立て直したアウリエルも、ヤクザみたいな低い声をもらして彼女を睨む。
これはまずい。非常にまずい。
額から冷や汗のようなものが出てきた。
残念ではあるが、ここは一時撤退することにしよう。
「あ、アウリエル! 今日はもう遅いし、屋敷へ帰ろうか。ベアトリスさんには断られちゃったしね」
「むむ……まだ話したいことが……」
「まあまあ。はい、行くよ~」
不満そうなアウリエルを無視して、その背中をぐいぐい押していく。
冒険者ギルドの入り口を出ると、そこでようやく僕の緊張は解けた。
アウリエルも、
「残念です。……ただ、マーリン様にあまり迷惑をかけられませんし、ちょうどよかったのかもしれませんね」
と自己を省みてくれた。
さすがアウリエルだ。腐っても王女様。
しばらくして戻ってきたオリビアが、
「くすくす。お疲れ様でした、お二人とも。先ほどは災難でしたね」
と笑う。
僕はぜんぜん笑えなかった。アウリエルも笑えない。
だが、たしかにあの人——ベアトリスさんは、人格的にかなり勇者に合う人ではあった。
少なくとも、今の勇者よりははるかにマシだ。
馬車に乗り込み、今日のところは自宅に戻ることにする。
▼△▼
マーリンとアウリエルが冒険者ギルドから出ていったとき。
ひとり残ったオリビアは、二人のもとへ戻る前にベアトリスと少しだけ話した。
「あらあら……行ってしまいましたね、ベアトリス様」
「残念……せっかくいい出会いを果たしたのに」
見るからにしょぼん、と肩を落とすベアトリス。
そんな彼女の肩に手を添えると、オリビアはたしかに言った。
「そう気落ちしないでください、ベアトリス様」
「オリビア殿下……」
「マーリン様はここ王都に住んでいます。屋敷もあるので、王都にいればいつでも会えますよ」
「本当か!?」
がしっと逆に肩を掴まれるオリビア。
彼女は驚く様子もなく、笑顔のままこくりと頷いた。
「はい。ですから、遠慮なくマーリン様を狙ってみてください」
「ああ! そうする……いや、待て。なんでお前は私を応援する? お前には得はないだろ」
「いえいえ。マーリン様はたしか勇者を嫌っているはず。だから、願わくばあなた様が勇者になってくれればとは思ってますよ?」
「勇者が嫌い?」
「ええ。まともな勇者が生まれてくれることをあの方は祈ってます。もしかするとあなたが勇者になったら……気になるのかもしれませんね」
それだけ告げると、オリビアは手を離して出ていった二人を追いかけた。
残されたベアトリスは、
「……勇者、か」
ひとり、静かに考える。
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