第192話 面食い
アウリエル、オリビアの二人とともに冒険者ギルドへやってくる。
相変わらず——というか、夜の冒険者ギルドはものすごく賑わっていた。
主に併設された酒場の人気がすごい。
アルコールの臭いはもちろん、男女の喧騒が割れんばかりに巻き起こっている。
「うぅ……昼よりすごいアルコールの臭いですね。鼻が曲がりそうです」
「大丈夫? アウリエル。キツいようなら外に出ていたほうが……」
「いいえ。ここまで来たのに諦められません! マーリン様もそれでは外に出てしまうではないですか! 頑張って勇者候補の方を見に行きましょう!」
グッと拳を作ると、アウリエルは覚悟を決めて前を歩く。
その様子に、彼女の姉のオリビアが、
「さすがアウリエルですね。その根性はオリビアも見習わなければいけません」
パチパチと小さく拍手する。
意外と彼女は妹馬鹿なのかもしれないな。姉妹、仲がよくて微笑ましいかぎりではあるが。
そんなことを思いながら歩いていると、オリビアは酒場の一角、一番端にある席のほうへ向かった。
そこには、見るからに孤高を貫いているひとりの女性が。
もしかして……彼女が勇者候補の冒険者?
そう思っていると、オリビアは彼女の前で足を止める。どうやら正解っぽいね。
「こんばんは、ベアトリス様。先日は貴重なお時間をいただきありがとうございます」
「あんたは……また来たのか」
ちらりとオリビアを見るベアトリス。彼女の視線には、「またかぁ」という負の感情が込められていた。
かなり鬱陶しそうではある。
「何の用だい。前の話は拒否したはずだけど?」
「一度で諦められるほどあの話は単純ではございません。ここはもう一度、あなた様にアタックしようかと」
「……後ろにいるのはその助っ人かい?」
「いえ。こちらはオリビアの妹、アウリエルとその護衛の方です」
「は?」
ここで初めて、ベアトリスの表情に困惑が浮かぶ。
無理もない。第三王女がいきなり妹の第四王女まで連れてきたのだ。普通に考えて、こんな酒場に集まるようなメンツじゃない。
「な、なんでアウリエル殿下が……」
「あら。わたくしのことをご存知なのですね。光栄ですわ、冒険者ランク2の凄腕冒険者、ベアトリス様」
話題に挙がったアウリエルが一歩前に出ると、恭しく頭を下げて挨拶する。
「今回は、オリビア姉様に無理を言って連れてきてもらいました。勇者候補のあなたを見たいがために」
「……だったら、残念ながら勇者になるつもりはありません。他をあたってください」
「むむ? なんでオリビアにはため口だったのに、アウリエルには敬語なんですか?」
細かいところでオリビア王女が疑問を浮かべる。
ベアトリスはため息を吐きながら、
「オーラの差」
と適当に答えた。
オリビアはちょっとだけ落ち込む。
「お……オリビアにはオーラがありませんか。そうですか……」
「お姉様? 元気を出してください! お姉様は素敵です!」
「あと不気味」
「ぐさっ」
最後の一撃を入れられてオリビアはダウンする。
そんな彼女を一瞥すると、アウリエルは諦めて放置することにした。
なおもベアトリスへ声をかける。
「姉がどうやら失礼なことを言ったようですね。妹のわたくしが謝罪いたします。その上で、やはり話をまた聞いてほしいですね」
「勇者にはなりません。誰がなんと言おうと」
「だとしても、わたくしたちが引けないことを承知してください。無理やりな真似はしませんが、どうしても新たな勇者がほしいのです」
「例のボンクラ勇者、そんなに酷いんですか?」
「酷いなんてものじゃありません。あれはカスです」
「アウリエル殿下」
さすがにそれは口が悪すぎるので、僕が後ろから注意する。
彼女は口をすぼめて、
「うぅ……いいではありませんが、あんな人」
「彼を庇ったのではありません。アウリエル殿下の名誉と印象を守っているのです」
「はーい。わかってまーす」
ちょっと投げやりになるアウリエル。とことん勇者のことが嫌いだった。
「…………面白い護衛がいるんですね」
ベアトリスが僕のことを見ながらくすりと笑った。
アウリエルの瞳に輝きが宿る。
「ええ! それはもう! すこぶる優秀な方です!」
「とても強そうだ。有名だったりするんですか?」
「この国では有名ですね。ちょうどいいですし、マーリン様もベアトリス様にご挨拶されては?」
アウリエルに自己紹介を促された。
少しだけ考える。
「うーん……僕はあまり関係のない人間なので、別に挨拶とかは……」
「——マーリン?」
台詞の途中、ベアトリスが強く反応を示した。
やや驚きの目を向けながら呟く。
「マーリンって……あの、英雄マーリン?」
「え゛」
初めての呼ばれ方に動揺する。
誰ですかその恥ずかしい呼び名を考えた人。
がたん、と席を立ったベアトリス。ゆっくりと僕の前に来て、フードの中身を覗くように顔を近づけた。
そしてフードを剥ぎ取られ、素顔が晒される。
それを見て、ベアトリスは屈託なく笑った。
「わぁ……! すごく……カッコいい!」
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