第191話 勇者候補のもとへ

 アウリエルから勇者候補の女性冒険者の話を聞いた。


 なんでも、最近王都にやってきたばかりの凄腕らしい。


 冒険者ランクは2。あのヴィヴィアンさんと同じランクだ。


 そう言えば彼女は元気にしてるだろうか? ふと、久しぶりに話がしたくなった。


 そんなこんなで時間は過ぎていき、あっという間に夜になる。


 アウリエルの姉——オリビア第二王女は、夜になら女性冒険者とアポが取れるとのこと。


 アウリエル曰く、「本人には了承もらってないらしいですけどね」とかなんとか。


 それってアポじゃない。


 でも話ができるなら予定は変わらない。


 僕とアウリエルは、揃って着替えてから外に出る。


 僕の屋敷の前には、すでに一台の馬車が停まっていた。


 王家の家紋は入っていない。お忍び用の、少しだけボロい馬車だ。


 その馬車の中から、僕たちと同じ装い——ローブをまとった女性が出てくる。


 アウリエルに比べるとわずかに色素の薄い白髪の女性だ。


 フードを被ったまま、彼女はぺこりと頭を下げた。


「どうも、こんばんは。こうして個人的にお話するのは初めてになりますね。アウリエルの姉、オリビアと申します」


「お顔を拝見できて光栄です、オリビア第二王女様。このような形になりましたが、本日はよろしくお願いします」


 僕もまた彼女に頭を下げる。


 僕は国王陛下の恩人で神の使徒と称され、おまけに国王から名誉伯爵の爵位を賜っている。


 そこらの貴族たちよりよっぽど偉い自覚はあるが、それでも相手は王族。しっかりと礼を尽くして挨拶をした。


 すると、オリビア第二王女はやや困ったような表情で笑う。


「あらあら。オリビアにそのような畏まった挨拶は必要ありません。あなた様はこの国の英雄にして、父——国王陛下の命の恩人です。我々が頭を垂れたいくらいなのに……」


「いえいえ。王族の方にそのような真似は。それに、いくら実績があろうと、目上の方に礼を表せないようでは、僕の評価にも関わるので」


「ふふ。マーリン様はアウリエルから聞いたとおりの人ですね」


「アウリエル殿下から?」


 なんだか物凄く嫌な予感がするのは、僕が普段からアウリエルのことをそういう目で見てるからかな。


 ちらりと隣へ視線を向けると、彼女は特にリアクションしていなかった。いつも通りの笑みを作っている。


「アウリエルで構いませんよ。普段はそのように呼んでいるのでしょう? どうせならオリビアのこともオリビアと呼び捨てにしてください」


「そ、そんなっ……いくらなんでもお戯れを……」


「そうですよお姉様! あまりマーリン様を虐めないでください! わたくしだって怒ります!」


 ぷくー、と頬を膨らませるアウリエル。


 可愛いな、とここで漏らしたら空気を破壊することになるだろう。なんとか我慢した。


「あらあら。ごめんなさいね、アウリエル。マーリン様を虐めたつもりはないの。ただ、今後とも仲良くしてくださいね? という意味を込めて言ったのよ?」


「……それなら、まあ……別に構いませんが……」


 ぎりぎりアウリエルの中ではセーフ判定に入ったっぽい。


 ややぎこちない視線を向けながら、OKが出る。


 ただ、僕は、


「とりあえずオリビア様、と呼ばせてもらいますね」


 一応のため一線を引く。


 アウリエルとは積極的に仲良くなるし、すでに仲はいいが、他の王女様と仲良くする気は今のところない。


 彼女たちと親密になればなるほど、僕の生活に変化が起こりそうだからね。


「ありがとうございます。少々話し込んでしまいましたね……お二人とも、馬車にお乗りください。このまま冒険者ギルドへ向かいます」


「冒険者ギルド……そこに件の女性が?」


 馬車に乗りながらオリビアに問う。


 彼女はこくりと頷いた。


「はい。冒険者の名前はベアトリス。アウリエルから聞いているとは思いますが、とても優秀な冒険者です」


「たしか冒険者ランクが2なんですよね」


「その通りです。冒険者ランク1はもちろん、ランク2の方も世界中を見渡せばごくごく一部です。この辺りだとエルフのヴィヴィアンさんが有名ですね」


 とっても知り合いですね。


 たまに冒険者ギルド経由で手紙が届いたりする。


 その度に返事をしっかり返しているが、向こう——セニヨンの町は平和らしい。


 前のようにモンスターが事件を起こしそうな気配はないとか。


「ちなみにですが、オリビアは一度、そのベアトリス様に接触しています」


「もう会っていたんですか」


「ええ。実際にこの目でどういう人物か確かめないと、大事な妹とは会わせられませんから」


「素敵な考えですね」


 実に僕の好みの話だった。


「まあ、そのときに勇者の話を持ち出して、すげなくあしらわれてしまいましたが」


「拒否されたんですか」


「もうにべもない、ないって感じでしたね」


「じゃあ今回も意味ないんじゃ……」


「そうとも限りません。もしかすると、心境の変化があったかも? なんて」


 動き出した馬車の中でオリビアがくすくすと笑う。


 僕たちを連れた馬車は、真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かった。




 ベアトリスか……どんな人だろうね。

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