第190話 肝が据わってる
何度目かの正直——とはならなかった。
ベアトリスから絶対的な拒絶を受けて、オリビアはため息を吐く。
「ダメ、でしたか」
「ああ。ダメダメだな。勇者なんて称号、まったく気にならない」
魅力がゼロだと彼女は語る。
その気持ちはなんとなくオリビアも理解していた。
勇者なんてものは、本当に国の行く末を憂いているか、金の亡者くらいしかなろうとはしない。
普通に考えれば、誰が好き好んでバケモノの王である魔王の討伐に行きたいものか。
無力な自分でも同じ思考に陥るのだ。ある程度の実力があり、生活に困っていない彼女にそれを求めるのは酷か。——そう、オリビアは判断した。
「残念です。ベアトリス様なら、必ずや素晴らしい勇者様になれると思っていましたのに」
「買いかぶりすぎだね。別に善人じゃないよ。自分のために働いているだけさ」
「そうなのですか? オリビアが入手した情報によると、あなた様は孤児院などに多額の出資をしているとか。——いえ、寄付、と言うべきでしょうね」
「……よく知ってるな」
じろりと、ベアトリスの視線が鋭くなった。
それでもオリビアはニコニコと笑みを忘れない。その不気味な反応が、これ以上は時間の問題だと告げていた。
彼女は席を立つ。
「悪いことは言わない。もう関わるのは止めたほうがいい。相手が王族だろうと牙を剥くのがトップクラスの冒険者だぜ?」
言葉の裏に、自分とは関わるな。手痛いしっぺ返しを食らうことになるぞ、と含めて告げた。
それを理解したオリビアは、同じく席を立つ。
「ふふ。それは難しいですね。今回は様子見も兼ねています。次は……お客様を連れてきますので」
「来るな」
「来ますね」
自分より圧倒的に強い相手から威圧されても、オリビアは負けなかった。
その反応に、逆にベアトリスが困惑することになる。
「あんた……肝が据わりすぎてるな。冒険者とか向いてるんじゃないのか?」
「ご冗談を。オリビアに戦闘能力はありませんよ。ただのか弱い女性です」
「本当かぁ? か弱い女性には見えないけどなぁ」
「酷いですわ。王女を侮辱した罪は……不敬罪?」
「相手が王女とは知らなかったな~。無罪だろ」
「……ふふ」
お互いにやや見つめ合った後に、オリビアは踵を返した。
賑やかな酒場の中をぐるりと見渡して、
「では、また来ますね、ベアトリス様」
「なるべく会わないことを祈ってるよ」
最後まで憎まれ口を叩く彼女に、特に気にした様子もなく彼女は酒場から姿を消した。
オリビアがいなくなってから、彼女は再び席に座り、
「…………恐ろしいお嬢さんだ」
と小さくボヤいた。
根性だけはあるな、と笑って。
▼△▼
「——アウリエルの、お姉さん?」
ある日のこと。
王宮から帰ってきたアウリエルが、ニコニコ笑顔でそう告げた。
「はい! わたくしの姉、第三王女オリビアが新たな勇者候補のもとへ向かいます。その際、よかったらマーリン様も一緒にどうですか?」
「僕が……なんで?」
特に行く理由がないような気がする。
「わたくしの護衛と、純粋に勇者候補に興味ありませんか? もしかすると、勇者が代わる可能性もありますしね」
「勇者が代わるなんて世も末だね」
「まったくです。ですが、あれよりマシならわたくしも構いません」
「辛辣だぁ」
完全に勇者失格とみなされている件の少年。
まだ問題を起こしているらしいし、それもしょうがないことか。
「けど、そうだね……興味がない、と言えば嘘になる」
「そうでしょう?」
「アウリエルの頼みでもあるし、護衛ってことなら僕に任せてくれ。アウリエルを守る役目は僕以外にありえない」
「ということは……」
「うん。ぜひともその話し合いの場にお邪魔させてもらおうかな」
「マーリン様!」
「おわっ!?」
対面に座っていたアウリエルが、勢いよくソファから立ち上がって、テーブルを回ってこちらにやってくる。
目の前に立つなりダイブしてきた。それを受け止めると、彼女は甘えるように体を密着させ、
「マーリン様大好きです! わたくしのためになんでもしてくれるだなんて!」
「そこまでは言ってない」
勝手に解釈しないでほしいね。アウリエルの「なんでも」とか怖すぎて内容聞けないよ。
主に、教会関係か色事関係なのはわかりきってるけど。
ちなみに僕はどちらも拒否します。……いや、後者の色事は嫌じゃないけどね?
「ちなみに話し合いに向かうのは今日です」
「はやっ!?」
話を聞いた直後に話をしに行くの!?
随分と性急だね……それだけ、そのオリビアって王女様も、件の勇者を憎んでいる?
それとも、妹のアウリエルのために何かしてあげたいとかかな?
後者だと微笑ましい感じがするね。話を聞くかぎり、姉妹の仲は良好っぽいし。
とりあえず、僕はOkだけ返しておいた。
「でもまあ、わかった。準備して、新しい勇者候補を見に行こうか」
「はい!」
その後、僕たちは出発までの間、それはもうイチャイチャしながら過ごした。
———————————
あとがき。
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