第188話 女性冒険者ベアトリス

「最近は退屈だな……」


 人でごった返す冒険者ギルドの一角、横長のテーブルのひとつに栗色髪の少女が座っていた。


 片手には酒の入ったカップが握られている。


 中の液体をごくごくっと一気に喉元へ流し込むと、目の前に置かれた肉料理をもぐもぐと食べた。


 冒険者なだけあって食事のマナーなどない。


 最低限の礼儀は弁えているが、それ以外は無視して自分のしたいようにする。


 そんな彼女の名前は——ベアトリス。


 王国の外からやってきた流離の冒険者だ。


 これまで帝国、皇国を渡り歩いてきた彼女は、世界でも屈指の実力を誇るランク2冒険者だった。


 その実、レベルはかの名高きディランにも劣らない。


 それでもランク2に甘んじているのは、彼女の厳しい性格がゆえ。


 ベアトリスは我を貫き通す人間だ。


 気に食わないと思った者には絶対に頭を下げない。たとえ王族が相手だろうと実力で黙らせる、——そんな人間だった。


「どいつもこいつも平和ボケしてやがる……この国も外れだな。最近は魔族が立て続けに現れて盛り上がってるって聞いたんだが……」


「——別に盛り上がってはいませんよ、ベリトリス様」


「あ?」


 ベアトリスの独り言に、小さな声がかかる。


 彼女はちらりと背後へ視線を向けた。そこには、濃い緑のローブにフードを被った——声色からして女性がいた。


 彼女は視線を合わせるとぺこりとベアトリスに頭を下げる。


「本日はあなた様にお話があって来ました。少々、お時間をいただけないでしょうか」


「断る。あんたからは面倒なオーラを感じるんでな」


「そう言わないでください。ベアトリス様にとっても悪い話ではありませんよ」


 くすりと笑って彼女はベアトリスの隣に腰を下ろした。


 よく見ると、彼女のことを注意深く観察している男性が二人。ベアトリスは目線の動きと雰囲気から、それが彼女の護衛だと察した。


 護衛がいる人物——すなわち、貴族か王族か。


 口調からしてそれは間違いないだろう。やれやれとため息を吐きながら酒をあおる。


「一体何の用だ。わざわざゴリ押ししてくるくらいだ、面白い話なんだろうね?」


「ええ。内容はとても面白い話だと思いますよ」


「……いいだろう。聞いてやる。話してみな」


 まるで探るようにベアトリスは謎の女性に傲慢な口調で許可を出す。


 これで怒り狂うようなら、対話の意味はない。


 だが、謎の女性は特に気にした様子もなく話を切り出した。




「あなた様は——勇者、という人物を知っていますか?」


「勇者? 最近、王国とか帝国とか皇国で現れたって噂の?」


「はい。その勇者様です。ベアトリス様の口が堅いことを信じて、その勇者にまつわる話がしたいのです」


「……ふうん。内密の話かい?」


「それはもう。正直、この話の内容が外に伝われば、あなたの命に関わる可能性もある——と言ったらどうしますか?」


「そんな話をこんな酒場でするのはよくないだろ」


 ごもっとな話だ。謎のローブの女性はくすりと笑って首を横に振った。


「だからこそ、誰も我々の話になんて耳を傾けませんよ。それに、これだけうるさければ、声を落とせば聞こえません。それともあなた様は……王宮までご同行願えるタイプの人間でしょうか?」


「いいや。面倒ごとは嫌いだね」


「だと思いました。だから我々もなるべく強引な手を使わずにきたのです。あなた様に誤解してほしくなかったから」


「今しがた脅迫まがいのことを言った人物とは思えない発言だね」


「ただの冗談ですよ。あなた様の反応を確かめるための、ね」


「……チッ。試されるのは嫌いだ。それより本題を話しなよ、——王女様」


「おっと。さすがに気付きますよね」


 謎のローブの女性は、自分の素性がバレても特に変化はなかった。


 平然とした態度でくすくす笑っている。


「まあね。でも名前まではわからない。アウリエル殿下? それともオリビア殿下?」


「オリビアです。なぜその二人だと?」


「第一王女様がこんな酒場に来るとは思えなかった。割と傲慢な性格してるらしいからね。それと第二王女様はほとんど外へ出ない。そこから推測される二人の性格と、残った二人の性格を考慮した結果……とりあえず残りの二人の王女の名前を出しただけ」


「なるほど。さすが冒険者ランク2の凄腕冒険者ですね。頭もよく回る」


「いいからさっさと用件を言いな。気が短いんだ」


 褒められてもあまり嬉しくないのか、ベアトリスに睨まれてしまう。


 彼女は両手を合わせると、一度、周りをきょろきょろ見渡したあとに言った。


「では早速、本題になりますが……ベアトリス様は、勇者に興味はありませんか?」


「……はぁ?」


 あまりにもザックリとした内容に彼女は首を傾げる。


 オリビアは続けた。


「平たく言えば、ベアトリス様に王国の勇者になってほしいのです」


「——なんだって?」


 それは一体どういうことだ、とベアトリスが疑問を浮かべた。


 まったく、さっぱり、意味がわからない。




———————————

あとがき。


じわりじわりとランキング上昇中⤴︎!

よかったら作者の新作、

『もしも悲劇の悪役貴族に転生した俺が、シナリオ無視してラスボスを殺したら?』

を見て応援してもらえると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る