第183話 残念勇者

「勇者が……嫌い?」


 ここでも嫌われているのかあの勇者。


 もう全方位に喧嘩売る勢いだけど、果たしてそれは勇者と呼べるのだろうか?


「ああ。アイツ、国王陛下から冒険者の仕事を任せられているんだよ」


「なぜ勇者が冒険者の仕事を? 勇者と言えば、魔王討伐に出かけるのが役目では?」


「ほら、アイツ、実力がな……」


「あっ……たしかに」


 そう言えばあの勇者くんは、本物の勇者ではなく偽者だ。


 それはつまり、本来神から与えられるはずだったギフトがない状態。


 要するにレベルが低いってことになる。


 そんな状態でいきなり他の勇者たちと一緒に魔王を討伐してこいとか言われても、普通に殺されるのは明白だ。


 だから、少しずつレベルを上げるために冒険者の仕事の一部を引き受けているのか。


「でも、そんな悠長なことしててもいいんですか? 他の国の勇者たちが魔王討伐に行きたがるんじゃ……」


「それもそういうわけじゃないみたいだぜ。そもそも魔王の場所だってわからねぇんだ、闇雲に行動はできねぇよ」


「聖女様に神託などは?」


「ないな。基本的に魔王のほうが何かしらのアクションを起こすから、それを知って場所を特定してから旅が始まるらしい」


「なるほど……なら時間にまだ余裕があると」


「そういうことだな」


 勇者っていうのは、生まれたから「はい魔王を討伐してきてね~」と送られるわけじゃないらしい。


「それにしても……間に合うんですかね? 今からレベルを上げて魔王討伐に」


 それだけが気になる。


 明らかに時間が足りないような気が。


「どうだろうなぁ……俺からしたら数年単位で鍛えればワンチャン。一年以内に魔王が行動を起こしたら、その時点で詰みだな」


「ですよねぇ」


 普通に考えて、魔王を討伐するにはかなりのレベルが必要になる。


 仮にレベルだけで魔王を倒せるなら、それこそ勇者である必要はない。


 世界には、レベル500を超えるディランのようなランク1冒険者がいるからね。


 ちなみに勇者のレベルっていくつくらいなんだろう? この前鑑定しておけばよかったかな。


「ま、俺としては頑張ってほしいが、あんまり横暴すぎると……先に俺がキレちまう」


 ガハハ、と冗談っぽくディランは言ったが、この人のことだから本当にキレそう。


 そして恐らく、格上だと思われるディランに殴られでもしたら——勇者死ぬかもね。


「——っと。それよりお前らの依頼だったな。悪い悪い、無駄話に付き合わせちまって」


「いえ。有意義なお話が聞けましたよ。ありがとうございます」


「おう。くれぐれも気をつけて依頼を達成してくれ。お前に言うことでもないがな! ガハハ!」


 それだけ言うと、大きな笑い声を発しながらディランは二階へ続く階段をあがっていった。


 その姿を見送り、僕たちは改めて依頼を探す。




 ▼△▼




 冒険者ギルドをあとにして一時間。


 王都を出た僕たちは、ゆっくりと四人で森の中を歩いていた。


 近くに自生している薬草を見つけたソフィアが、嬉々としてそれを摘む。


「うーん……! 久しぶりに外に出ると解放感があるねぇ」


「そうですね、マーリン様。こうして自然に囲まれながら歩くのも悪くありません」


「私もたくさん薬草が摘めて楽しいですよ!」


「それはよかった。討伐依頼が少なかったからね。薬草採取なら、ソフィアが喜んでくれると思ったよ」


「魔物は魔物で、現れたら狩ればいいですからね!」


 ノイズの言う通りだ。


 僕たちは今、冒険者ギルドで受注した薬草採取の依頼を達成するために外へ出ている。


 道中、ノイズやエアリーが魔物を討伐したり、ソフィアが楽しそうに薬草を摘んでいた。


 ——僕? 僕はみんなを見守る役だよ。僕が戦ったところで意味はないし、彼女たちになるべく任せている。


 決してサボりではない。




「それにしても……ノイズも少しだけ見てみたくなりましたね」


「ん? 誰をだい?」


「マーリンさんたちが出会ったという勇者にです!」


「あー……そっか」


 この中だとノイズだけが勇者に会っていない。


 話は僕やアウリエルから聞いてはいるが、それだけだとただのクソッタレだからね。


 実物を見て何か意見が変わる可能性はある。


 彼女、可愛いからナンパとかされそうではあるけど。


「個人的には、あの勇者とは会わないほうがいいとは思うけどねぇ」


「そう言われると会ってみたいものですよ。実物はどれくらい酷いのか、と! もちろん、ノイズはマーリンさんだけが好きなので、男性としては興味もありませんが」


「あはは。ありがとう、ノイズ」


 この子は自分の気持ちを素直に伝えてくれる。それが嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。




「——ん? なんだか音が……」


「音?」


 急にソフィアが何かに気付く。僕も耳を済ませてみると……これは、


「戦闘音だね。誰かが近くで戦っているっぽい?」


「一応、様子を見に行きましょうか」


「そうだね。もしものために」


 エアリーの意見に了承し、僕たちは揃って音の鳴るほうへと向かった。


 すると……そこには、


「クソッ! コイツ以外と強いぞ!」


 金髪を揺らす勇者の姿があった。

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