第184話 ボコボコ勇者

 エアリーからの提案で、久しぶりに冒険者としての活動をしに外へ出た僕たち。


 順調に薬草を摘みながら森の中を歩いていると、——そこで、モンスターと戦う自称・勇者の姿を見かけた。




「あ……自称・勇者」


「き、貴様らは!? おのれ……あのときの愚民ではないか!」


 びしっ! と手にした武器を向けてくる勇者。


 それでいいのか勇者くん。まだ君が戦っていたモンスターが健在だよ?


 攻撃の隙ができて、モンスターは遠慮なく勇者に襲いかかる。


「ぐあっ!? こ、コイツ……! 勇者である俺様になんという……離せ! 下郎が!」


 後ろから押し倒された自称・勇者くんは、手にした武器をぶんぶん振ってモンスターに抵抗する。


 相手はレベルの低い雑魚だ。やがて勇者くんの攻撃が当たって息絶える。


 勇者のほうも勝利したにしては息も絶え絶え。荒々しい呼吸を繰り返していた。


「ハァ……ハァ……! クソッ! お前たちが邪魔したせいで、危うく死にかけたじゃないか! 勇者の足を引っ張るなんて恥ずかしくないのか!?」


「雑魚に負けそうになる勇者……それは恥ずかしくないのか?」


 責任をこちらになすり付けるのはよくない。


 負けそうになってたのは、勇者が雑魚だったのと、勝手に僕に喧嘩を売ろうとしたからだ。


 命懸けの戦闘の最中に敵から目を離しちゃいけない。常識だ。


「黙れ黙れ黙れぇ! お前たちが俺の注意を引かなければあんな雑魚、簡単に倒せた! すべてお前らが悪いんだ!」


 鬼の形相を浮かべた自称・勇者。


 おもむろに立ち上がると、剣を構えて僕たちを睨んだ。まさかとは思うが、——いきなり勝負! とか言い出さないよな?


「ここで会ったが百年目……教会での恨みを晴らさせてもらおうか!」


「私怨バリバリじゃん。やめたほうがいいよ、そういうの。仮にも国王陛下に選ばれた勇者なんだろ」


「勇者だからこそだ! 勇者が舐められるわけにはいかない!」


「舐められるような態度を取らないところから始めなよ」


「黙れぇ! この罪人がぁ!」


 人の話も聞かないで勇者が地面を蹴ってこちらに肉薄する。


 本気で僕たちを殺すつもりらしい。アウリエルが即座に魔法スキルを発動させようとするが、それを僕が諌めた。


 変わりに、近付いてきた勇者の額に、相手が攻撃するより速くデコピンを叩き込む。


 今の僕のレベルが500だから、自称・勇者くんでは手加減してもその衝撃に耐えられない。


 飛びかかった体勢で吹き飛び、無様に地面を転がった。


「ふぎゃっ」


「はい終了。残念だけど、僕は君より強い。勇者としてのレッテルが大事なら、なおさら、喧嘩を売る相手は選んだほうがいいよ? ここには王女様もいるんだし」


 鑑定で見た勇者のレベルは100以下。正直、相手にすらならない。


「ぐぅっ……! おのれ。おのれおのれおのれぇ!」


「人の話を聞かないタイプか……やれやれ」


 いくら人材不足とはいえ、あれを勇者と呼ぶのはちょっと無理があるだろ。


「みっともないですね。マーリン様にあなたのような下種が叶うはずもなし。勇者としてのプライドを持つのは結構ですが、今のあなたは、勇者以前にただのクズですよ!」


 アウリエルが残酷な言葉を吐き捨てる。


 勇者の精神は大ダメージを受けた。ぎりぎりと奥歯を噛み締めながらも、ゆらりと立ち上がる。


 根性だけはあるみたいだな。僕のデコピンを喰らってもなお立ち上がれるのだから。


「うるさい。うるさいうるさいうるさい! 俺は……俺は勇者だ。偉いんだ。偉くなれたんだ! お前ら愚民は、黙って俺に従えばいいんだよおおおお!」


 ご乱心の自称・勇者様。


 剣を構えて再び地面を蹴った。真っ直ぐに僕たちのほうへ向かってくる。


 もう一度デコピンでもしてやろうかと思ったが、それより先にノイズが前に出た。


 コツン、と両手の拳を打ちつけてやる気を出す。


「ここから先はノイズに任せてください!」


「ッ! 薄汚いビースト風情が、俺様の前に立つなああああ!」


 勇者はノイズを見ても止まらなかった。それどころか暴言を吐きながらも剣を振る。


 悪くない一撃だ。低レベルにしては。


 だが、ノイズは数多の死線を潜り抜けた冒険者だ。自称・勇者程度には負けない。


 勇者の攻撃を紙一重で避けると、生まれた隙に拳を叩き込む。


 彼女の攻撃速度は、剣を振り回すより圧倒的に速かった。勇者の全身に、絶え間なく連撃が打ち込まれていく。


「あばばばががが!?」


 顔。腹。腕。足。


 複数箇所を一気に殴られた勇者は、ボコボコにされた状態で後ろに吹き飛ばされる。


 一応、ノイズは手加減していたのか、勇者は口から血を出したものの、特に骨折などの状態にはなっていなかった。


 鑑定スキルで確認できるため間違いない。相手に怪我をさせずにボコボコにするとは……ノイズは手加減が僕より上手だな。


「ふんすっ! これに懲りたら、二度とマーリン様に喧嘩を売らないことですね! あと、ノイズは汚らわしくないのです!」


 ストレスを発散できたのか、ノイズの尻尾がゆらゆらと嬉しそうに揺れていた。

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