第181話 問題児

「僕は勇者にはならないよ」


 アウリエルからの視線を受けて、我慢できずにそう告げた。


 すると彼女は、


「……残念ですね。マーリン様なら魔王だって倒せると思いますのに」


 と言った。


 それに対して僕は、


「どうだろうね。魔王が個人に倒されるくらいの実力なのかな? 勇者が三人もいないと勝てないんだろう?」


 と答える。


「はい。これまで魔王の誕生に合わせて、必ず勇者様が三人は現れます。それは、どの歴史を見ても明らかかと」


「だったら余計に、魔王に勝てるとは思えないね」


 勇者が弱すぎるか、魔王が強すぎるかの二択だろう。


 もし後者だった場合、挑んだ僕はもちろん、ついてくるであろう彼女たちが心配だ。


 もはや僕の命はひとりのものじゃない。だから、勇者として魔王の討伐に行く——なんて無茶は冒せなかった。


「マーリン様は謙虚なんですね」


「ビビッてるだけさ」


「そんなことありません。どうせ、わたくしたちのことを考えてくださったのでしょう?」


「……」


「マーリン様はお優しい方ですからね」


「まだ何も言ってないけど?」


「その顔を見ればわかりますとも」


「むぅ……僕ってそんなにわかりやすいかな?」


「かなり」


 アウリエルに断言された。


 僕ってかなりわかりやすい反応をするらしい。


 個人的にはポーカーフェイスくらいできてると思ったんだけど……難しいね。


 感情の変化は無意識に起こる場合もあるし、それを抑えるのはレベル1万だろうと至難だった。


「そういうわけなので、わたくしも我慢します。マーリン様に無理をしてほしいわけでもありませんしね」


「アウリエルはものすごく望んでそうだけどね」


「もちろんです。わたくしは神に愛されたマーリン様こそが勇者だと思っていますから。今でも」


 両手を合わせ、彼女は祈るように瞼を閉じた。


 優しい声で言葉を繋げる。


「ですが、それはマーリン様の生き方を縛るようなものではありません。世界のためだからと個人を縛っては、世界より先に人類が狂う。真に世界を救う方とは、最初から救うための心構えを持っているものです」


「僕にはそんな心構えないね」


「ふふっ。マーリン様の場合、迫られればやりそうな気はしますけどね」


「……アウリエルは僕のことをよくわかってるね……」


 悔しいくらい彼女は僕を理解していた。


 きっと彼女が言うように、迫られれば僕は手を出すだろう。


 必要がないと思えば何もしない。そんな人間なのだ。


「ええ、ええ。誰よりもマーリン様には詳しいという自負がありますわ!」


「——それは聞き捨てなりませんね、アウリエル殿下」


「エアリー?」


 会話の途中、リビングの扉が開かれる。


 中に入ってきたのは、寝起きと思われるエアリーとソフィアの姉妹だった。


 二人とも笑みを浮かべて挨拶してくれる。


「「おはようございます、マーリン様、アウリエル殿下」」


「おはよう、エアリー、ソフィア」


「起きるのが遅くなりましたね。昨日はソフィアと一緒に本を読みすぎました……ふぁ」


「そうだね、お姉ちゃん。私がお姉ちゃんにたくさん勧めちゃったから」


「ううん。全部面白かったよ。面白くて読むのが止まらなかったわけだし」


「そっか。別にもう少し休んでてくれてもよかったんだよ? 用事はないからね」


「いえ。アウリエル殿下の声がしたので、もしかして勇者の話を聞けるのではないかと思い、いてもたってもいられませんでした!」


 エアリーもソフィアもその話題に興味津々だった。


 二人は昨日、実際に勇者を見たからね。ナンパされかかってたし。


 ソファに座った二人を見て、アウリエルが再び同じ話を二人にした。


「では、お二人の希望に応えて、マーリン様にお話した内容を語らせていただきます」


「よろしくお願いします、アウリエル殿下」


「よろしくお願いします!」


 二人はアウリエルの話に耳を傾ける。


 ところどころ表情がころころ変わるのが面白かったなぁ。主に、勇者に対する引いたような表情が。




 ▼△▼




「貴族と揉める勇者様、ですか」


 すべての話を聞き終えたエアリーが、やや困惑した顔で呟く。


 アウリエルがこくりと頷き、


「はい。すでに五名を超える貴族と揉めていますね。どれもそこそこ高位の貴族なので我々王族も困っています。このままでは内部分裂もありえるぞ、と」


「王国を救うための勇者が、逆に王国を滅ぼしそうな勢いなんですが……それに関して、国王陛下はなんと?」


 ソフィアがアウリエルに訊ねる。


「今のところはなんとも。苦しんでいるようですが、すぐに勇者を解任もできませんしね……それに、後任も見つかりませんし」


「大変なんですねぇ……その勇者様を矯正できれば楽なんでしょうが」


「ソフィアさんの言う通りです。陛下もそれを試していますが……なまじ我が強すぎて……」


「元が平民なら、これまでの鬱憤とかもありそうですからねぇ」


「はい。こちらとしてはとにかく悩みの種です」


 気持ちが痛いほどわかるのか、アウリエルの話に二人はひたすら同情の視線を向けた。


 僕も、聞けば聞くほど味がする奴だなぁ、と思った。




 今後、何か大きな問題を起こしそうだ(フラグ)。

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