第180話 その勇者、問題あり
自称・勇者の件から一夜が明ける。
起床した僕がリビングに行くと、そこにはすでにアウリエルの姿があった。
「あれ? アウリエル?」
「はい。おはようございます、マーリン様」
「おはよう。もう帰ってたんだね」
彼女は昨日、デートの終わりに王宮へ帰った。
そのまま国王陛下に話を聞いたあとは、自室に泊まったはずだが……随分と朝が早いな。
時間を確認すると、現在八時。十分に早朝だ。
「マーリン様に会いたくてすぐに帰って来ちゃいました」
「アウリエルにとってはここが帰るべき場所なのかい?」
「当然です。マーリン様のいる場所こそがわたくしの家。そうでしょう? マーリン様」
「ははっ。たしかにそうだね。アウリエルが他所の男の家になんて行ったら……僕はきっとその男を殺しちゃうかもしれない」
「まあまあ! あのマーリン様からそのような言葉が出るとは……ぐふふ。これはもう事実上の婚約ですね」
「違うけど、違わないとも言えない」
なんやかんや僕は彼女に惚れているし、意味わかんない爵位も授かったし、婚約でもなんでもいい気がしてきた。
もちろん他の貴族とべったり付き合ったりはしないし、王族ともなるべく近すぎないくらいの距離感を保ちたいけど。
「あ~! 今日は朝から最高の気分です。昨日までは本当に胸を痛めていたのに……」
「そう言えば、もう例の勇者の話は国王陛下としたの?」
「はい。昨日、帰ってすぐにお父様を呼び出しました」
「国王陛下を?」
「はい! その結果、時間を作らせてお話できましたよ」
「なるほど……国王陛下が……」
どうやら彼女のほうが国王陛下より強いのは確定した。
これは末っ子のアウリエルだから弱いのか。それとも娘全員に弱いのか。もし後者だとしたら……国王陛下も苦労しているんだぁと思う僕だった。
とりあえず重要な話だから、彼女の前の席に座って使用人にお茶をお願いする。
「聞かせてくれるかい? 国王陛下との話を」
「もちろんです。エアリーさんたちには……」
「まだ起きてこないね……あとで改めて説明するのでもよさそうだ」
「そうですね。では、まずは勇者の件からお話しましょう」
アウリエルはにこやかな笑みを浮かべたまま、端的に話を始める。
「結論から言うと、国王陛下があの男を勇者に任命したのは間違いないそうです。理由も政治的なものでしたね」
「政治的?」
「はい。やはり王国にだけ勇者が現れなかったとなると、今後、王国が他の二国に比べて下に見られる可能性があるので」
「まあ、魔王が誕生したっていうのに勇者がいないんじゃ、ちょっと侮られはするよね」
「ええ。勇者とは魔王を倒すほどの存在。マーリン様のようにたったひとりで軍事力を崩すほどの存在です。それがいないとなると、魔王討伐中はおろか、討伐後にも面倒なことになりますね」
「でも、そのために偽りの勇者を立てるのはありなのかな?」
「個人的にはなしですが……お父様のお気持ちもありますからね。あり、と言わざるを得ません」
苦渋の表情を浮かべるアウリエル。
彼女からしたら、神の使徒である勇者がアレ、だからなぁ。僕も少しだけ同情できる。
「勇者とは魔王を倒す存在。それが世間的に見た人々の印象です。口は悪いですが、そこに神の加護がなくても勇者とは認められます。マーリン様なんてまさにいい例でしょう」
「僕はちょっと違う気もするけどね」
あくまで僕が勇者っぽいと言われる理由は、実力もそうだが一番は外見だろう。
勇者に与えられるうんぬんはまったくわからない。
「とにかく、そういう意図から国王陛下は勇者を人の手で生み出しました。時期が悪かったですね」
「時期?」
「今は教会の人員が不足しています。女性の聖属性魔法スキル持ちはいますが、若い男性となると対象はほぼいません。かと言って、枢機卿を外に出せば国自体にデメリットも生まれる……第一、これまで現れた勇者様は、みな若い男性でした。偽者でもそれは守らねば偽者だとバレてしまう」
「そのために……見つかったのがあの男だったのか」
「はい。かつて教会に所属していた身元のたしかな男性です。おまけに聖属性スキルを持ち、それなりの実力もある」
「なるほどねぇ。話だけ聞くとかなり万々歳じゃない? 上からしたら」
「そうですね。教会も王宮側も最初は喜んでいました」
「……最初は?」
実に含みのある言い方だった。
アウリエルの表情がさらに苦しさを増す。
「あの勇者の性格は見たでしょう? そのことに関して、住民や貴族から苦情が出ています。かなりワガママな性格で、各地で問題を起こしていると……」
「あー……」
あの性格なら無理もない。特にプライドの高い貴族とはぶつかるだろう。
「下手すると魔王討伐前に内部分裂をするのでは? とまで言われています。ゆえに、他に勇者を立てねばなりませんが……」
「候補が見つからない、と」
もういっそボーイッシュな女性を勇者に仕立て上げたほうが早くないかな?
それとも勇者だし、肉体能力に優れた女性を見つけなきゃいけない? そうなると肉体労働を行わないシスターには辛いか。
「このままでは……かなり面倒なことになりますね、本当に。どうにかして、代わりの勇者が見つかりませんかねぇ?」
ちらっちらっ。
アウリエルが僕を見るが、僕は気づかないフリをした。
嫌だよ、勇者なんて大任。僕に勤まるはずがない。
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