第178話 アウリエル、怒る

 自称・勇者が剣を抜く。


 コイツ、本当に街中で剣を抜きやがった!


 陽光を反射して煌く剣身をこちらに向けて、男は吠えた。


「勇者に対する不敬な態度……とても見過ごせないな。お前、俺のことを馬鹿にしているんだろう? 平民が勇者を名乗るとはおこがましい、とな!」


「一言もそんなこと言ってませんが? 妄想も大概にしてほしいですね」


「ッ! 決定だ。お前はここで俺が殺す。抵抗するなよ? これは正義の執行だ!」


 自称・勇者が地面を蹴る。


 剣を振り上げて僕に迫った。


「死ねえええええ!」


 勇者とは程遠い叫び声を上げながら突っ込んでくる男。


 そんな男に、——小さな光が放たれた。


「おげっ!?」


 光のひとつに勇者が当たる。


 殺傷性はないのか、光は弾けて勇者を吹き飛ばす。


 無様に地面を転がって倒れた。


「アウリエル……いいの? 王女様が勇者に手を出して」


「問題ありません。あれを勇者とはわたくしは認めてませんし、何より……救国の英雄に対するふざけた態度。とても看過できませんね」


 光——聖属性魔法スキルを放ったアウリエルが、苦しむ勇者を見下ろして睨んでいた。


 アウリエルにしては珍しい怒りの感情だ。こちらにまで冷たい空気が伝わってくる。


「ぐ、うぅ……! き、貴様ぁ! 俺は勇者だぞ!? いくら王女であろうと、勇者に対する攻撃は……」


「不敬、だと? 先ほどあなたもご自身で仰っていたではありませんか」


「な、なに?」


「平民だから馬鹿にしてる、と」


「それがどうした!」


「あなたは平民です。勇者という地位は最高位貴族にも匹敵するでしょうが……わたくしは王族。正式な勇者でもない分際が、わたくしに対して何を要求できると? 恥を知りなさい」


 どこまでも冷たい声でアウリエルは勇者を叱責する。


 勇者のほうも、分が悪いと思ったのか、苦々しい表情で舌打ちすると、


「…………!」


 キッ! となぜか僕のことを睨んだ。今回、僕は本当に何もしてないのに……。


「俺は勇者……俺は勇者なのに……!」


 ぶつぶつと何やら呟いている。


「ふざけるなぶざけるなふざけるな……! せっかく勇者になれたのに。誰も彼も見返すチャンスだと思ったのに……! ああああああ!」


 急に叫びだした勇者。


 周囲に光の粒を発生させると、それを一気にこちらへ放出した。


 聖属性魔法スキルによる明確な攻撃だ。完全に理性が飛んでやがる。


「させません!」


 対するアウリエルも、聖属性魔法スキルを発動して攻撃を相殺する。


 レベルが上がってる分、スキルの威力はアウリエルのほうが上だった。


 次々に勇者の攻撃が弾かれていき、逆にアウリエルの攻撃が再び勇者を捉えて——吹き飛ばす。


「ふぎゃっ!?」


 後ろに倒れる勇者。


 もはや勇者という称号しか彼には残されていなかった。


「この程度で勇者? こんなもので勇者? あなたみたいなのが勇者? 神をも冒涜する大罪ですね」


 アウリエルが吐き捨て、僕の手を引っ張る。


「行きましょう、マーリン様。あのような平民と話すと、マーリン様が汚れてしまいます」


 コツコツと靴音を鳴らして、自称・勇者の横を通り抜けていった。


 最後に、倒れたままの勇者へ、彼女は、


「ちなみにですが、今回の件はお父様——国王陛下へご報告させていただきます。必ずやあなたを勇者の任から引き摺り下ろしてみせますのでお楽しみに」


 そう告げて、二度と振り返ることはなかった。




 ▼△▼




 コツコツ。コツコツ。コツコツ。


 通りには、人の喧騒とアウリエルの靴音が混じっていた。


 やや重苦しい空気に耐えかねて、僕は遠慮気味に彼女へ話しかける。


「あ、あのー……アウリエル、殿下?」


「アウリエルで結構ですよ、マーリン様。わたくし、別に怒ってませんから」


「めちゃくちゃ怒ってるじゃん。大丈夫?」


「……すみません。マーリン様に対して怒っているわけではないんです。ただ……」


「あの勇者が許せないんだろう? 気持ちはわかるよ」


 誰よりも神に対して真摯だったアウリエル。あんな醜い勇者を見たら、そりゃあ怒りだって抱く。


「そうですよ。アウリエル殿下もマーリン様も悪くありません。酷すぎます、あの勇者は!」


「本当ですよ! 私もずっと何か言ってやろうと思ってましたし! アウリエル様が攻撃してくれてスッキリしました!」


「マーリン様、エアリーさん、ソフィアさん……ありがとうございます。そう言ってもらえると、少しだけ肩の荷が下りますね」


 ようやくアウリエルに笑顔が戻る。


 歩く速度が一定に変わり、彼女はやや気恥ずかしそうに言った。


「ですが、我ながら怒りに任せて行動してしまいました。許せないのは本当ですが、この件はちゃんと折り合いをつけないと」


「国王陛下に相談かい?」


「はい。陛下がどんな答えを出すのか……わたくしが直接会って聞かないといけません。明日にでも、ね」


 アウリエルの顔には、どこか覚悟のようなものがあった。


 きっと、明日の陛下は苦労するだろうだなぁ……。

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