四章
第168話 勇者の証明
たったったっ、っとパーティー会場に衛兵のひとりが入ってくる。
額にはびっしりと汗が浮かび、ただごとではないのが判った。
国王の前に膝を突き、息も絶え絶えに告げる。
「ご、ご報告、します! 聖女様からの神託で……魔王が世界に生まれたと!」
その報告は、パーティー会場の空気をぶち壊すには十分だった。
踊っていた貴族たちも、食事を摂っていた貴族たちも、談笑していた貴族も等しく国王のほうへ視線を向ける。
全員が無言になった。
唯一、国王陛下だけが口を開く。
「ま、魔王……だと?」
その声は震えている。
こくりと衛兵は頷き、さらに続けた。
「聖女様本人からお伺いした内容です。まず間違いないかと」
「ううむ……そうか……」
国王陛下の表情は優れなかった。
魔王なんて言葉、異世界転生した僕にだってどれくらいヤバいのかはなんとなく解る。
一応、気になる事があったので隣のアウリエルに訊ねた。
「ねぇ、アウリエル」
「はい?」
「聖女様って言うのは?」
「王都の教会にいる特別なスキルを持った女性のことです。わたくしのようななんちゃって聖女ではなく、代々、神の声——勇者や魔王の知らせを受け取る本物ですね」
「勇者……と魔王?」
「勇者は魔王を倒す者。魔王は世界を滅びに導く者ですね。前に出現したのが数百年前になるので、かなり久々かと」
「だから陛下はあんなに焦っているのか……」
顔が真っ青だ。今にも倒されそう。
「それもありますが、恐らく……別の理由もあるかと」
「別の理由?」
「ええ。まだあの衛兵の方が——」
「それで、一つ訊きたい」
アウリエルの言葉は、国王陛下の声で遮られた。
青い顔のまま、陛下は言った。
「…………勇者様のほうは、どうなんだ?」
その質問を訊いた途端、衛兵の顔も真っ青になる。
それが全てを物語っていた。
答えずとも陛下は答えを得る。
顔を伏せ、絶望に暮れていた。
「やはり……魔王の知らせしか言わないので不思議には思ってましたが……今回、魔王と勇者は同時に現れていないのですね……」
「勇者と魔王は同時に現れるものなの?」
「はい。そもそも魔王を倒すために神が使わせるのが勇者です。それがいないとなると……かなり状況はマズいですね」
「……なるほどね」
彼女が言う言葉の意味——深刻さが僕にも理解できた。
魔王を倒すための勇者がいないってことは、実質的に魔王を倒せる者がいないってこと。
かなり絶望的な状況だ。
わざわざ勇者を呼び出すくらいだし、魔王は強大な能力を持つとみて間違いないだろう。
「どうして今回にかぎって勇者様が……過去の文献を見たかぎり、いつの時代も魔王と勇者は同時に存在していたはず。どちらかが早いだけ? でも、魔王のほうが先というパターンは……」
ぶつぶつとアウリエルが思考の海に入った。
そこでふと、僕は気づく。
「……ん?」
自分のステータスだ。
僕はこの異世界でもかなり破格な能力値を持って生まれた。
それこそ、国ひとつを単騎で滅ぼせるほどの強さだ。
最近になってそのことを自覚したが、まさか……僕が勇者の代わりってことはないよね?
あまりにも状況がそういう風に見える。
勇者のいない魔王の誕生。
直近に僕が転生し、僕はアホみたいなステータスを持っている。
まるでそれで魔王を倒せと言わんばかりに……。
「まさかね」
僕は何も言われていない。
神からの神託もメッセージも受け取っていない——こともないが、魔王を倒せなんて言われた覚えはない。
違う違う。勇者はただ遅刻してるだけだ。とんだ寝坊介さんだな。
「……マーリン様? どうしたんですか。汗がすごいですよ?」
「いや……ちょっと魔王の誕生なんていう状況に焦りがね。そういうアウリエルは冷静じゃないか」
さっきから彼女だけが落ち着いている。
動揺はしていても焦ってはいなかった。
「それはもう。わたくしには勇者なんていなくても頼れる存在が近くにいますから」
「もしかしてそれって……」
「はい! マーリン様のことです!」
彼女は笑顔でとんでもないことを言った。
他のメンバーたちも、
「そうですね。マーリン様なら魔王にだって勝てますよ!」
「ノイズは信じてます! マーリンさんが負けるはずがないと!」
「頑張ってくださいね、マーリンさん!」
「お姉ちゃんと私も協力しますよ、マーリン様」
エアリーが。ノイズが。カメリアが。ソフィアが。
全員が揃って僕の背中を押してくれる。
僕はまったく、これっぽっちも戦うつもりはないんだが、みんなの中でも魔王は僕が倒すことになっていた。
——おかしいな。僕はただの冒険者で、ただの……一般転生者のはずだったのに。
周りから期待の眼差しを向けられ、「いや無理だから……」と力なく呟くことしかできなかった。
そもそも魔王って、どれくらい強いのかもわからないしね……。
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