第148話 フラグでしょうね

 迷子の子猫探しから始まった謎。


 猫が入り込んだ王都の下水道には、本来ありえないモンスターがいた。


 そのことに加え、タイミングよく調査に乗り出したディランたち。


 最近多発する行方不明者。


 それらの線が一本の答えに辿り着くような、そんな嫌な予感を抱いた。


「……やはり今回の件はいろいろと疑問が出てきます。特に王都にモンスターがいたことは看過できない異常事態。一度わたくしは王宮に戻り、情報を仕入れてきますわ」


「任せてもいいかな? 僕たちはディランさんに話を聞いておくよ」


「いいえ。その必要はありません。こちらのほうでディランを呼び出し、情報の整理を行います。明日までゆっくりと屋敷でお休みください」


 そう言ってアウリエルはにこりと笑った。


「それだとアウリエルにばかり押し付けてる形になるし……」


「わたくしが自分の意思で調べたいのです。そこにマーリン様への想いはそれほどありませんよ」


「そうなの? じゃあ、任せてもいい?」


「はい! お任せください。ですが……マーリン様がどうしてもわたくしに任せるのが忍びないと言うのなら……ふふ。報酬を先にいただいておきましょう」


「報酬?」


 なにそれ。僕に払えるものが何かあるのかな?


 首を傾げて考える。


 直後、とことこっと近くにやってきたアウリエルに——キスされた。


 もちろん頬に。


 僕はピキーン、と体が固まった。


 周りにいる女性陣は叫び声を上げる。


「?」


 僕に抱き上げられていた少女は不思議そうに僕たちを眺める。


 彼女にはまだ早い。まだ早いが……それより。


「あ、あ、アウリエル、さん?」


「はい。なんでしょうか、マーリン様」


「どうして、その……キスを?」


「わたくしのやる気のためです」


「なるほど?」


 ちょっと意味がわからなかった。


 背後で、


「あ、アウリエルで——様、ズルい! 私もマーリン様とキスしたいです!」


「いいな……」


 二人の姉妹が揃って叫び、呟く。


 エアリーは積極的に。ソフィアは羨ましそうに。


 生憎とここは公衆の面前だ。彼女たちにキスしてあげることはできない。僕の羞恥心が死ぬ。


 それに、今は少女を抱えているからね。彼女の教育にも悪い。


 やや赤くなった顔を隠すように、僕はすたすたと歩き出した。


「あ、待ってくださいマーリン様! 王宮までは護衛してくださいますよね?」


「……まあ、一応」


「だから好きですっ」


 隣に並ぶにアウリエルは、どこまでも都合がよかった。


 背後からは鋭い視線が二つも刺さる。


 今夜は……いや今夜も、忙しくなりそうだ。




 ▼




 少女を家に帰し、アウリエルを王宮まで護衛した翌日。


 僕の想像より早くアウリエルは屋敷に戻ってきた。


 現在の時刻は昼。


 アウリエルを含めた全メンバーがリビングに集まっている。


「皆さん、この度は大変お待たせしました。いま王都で話題の情報をいろいろ集めてきましたよ」


「凄く早かったね。あと二日か三日くらいはかかると思ってたよ」


「陛下も今回の件は憂いていましたから。それにディランがくれた情報が多くて助かりました。マーリン様にもすぐに会いたかったですし」


 最後のが一番の本音じゃないよね?


 僕はあえて突っ込まない。


 彼女は話を進めた。


「まず、結論から言いましょう。最近続出してる行方不明者の件ですが……どうやら当たりでしたね」


「というと?」


「下水道にいたゾンビです。ディランが死体を運び調べたところ、行方不明者と特徴などが一致しました。それも全員」


「全員……マジか」


 この情報にはさすがに僕も驚きを隠せない。


 一人や二人くらいは混じっていてもおかしくないと思っていたが、あれだけの数のゾンビが全員行方不明者だとは……。


 これを単なる偶然と切り捨てることはできない。


「ディランも行方不明者が何らかの事件に巻き込まれている可能性を考慮し、王都の警備を倍増。彼自身もいろいろ歩き回っているらしいです」


「それは安心だね。ディランさんなら敵と遭遇しても負けないだろうし」


「ええ。国王陛下からの依頼でもあります。今回は組織的な犯行である可能性もありますから」


「組織的?」


「まだ確定した情報ではありませんけどね。王都で昔、悪事を働いたとある組織がいたんです。その中に死体を操ってモンスターに変える者がいました」


「それはまた……ずいぶんホットな話題だね」


 同じ能力を持った人間がどれくらい居るかによるが、彼女の話ぶりから相当珍しいスキルであるのは察せられた。


「ちなみにその組織は壊滅できなかったの? 当時」


「はい。ディランも手を焼いた犯罪者集団で、全員が特殊な能力を持っていました。特にリーダー格の男が数年前のディランと並ぶほどの強さを誇り、まんまと逃げられてしまって……」


「ディランさんと同じ強さ!?」


 あのゴリラと互角に戦えるほどの強者なんてただの脅威じゃないか。


 ごくりと生唾を呑み込む。


 まだ確定した情報ではないが、こういう嫌な予想はたいてい当たると相場は決まっていた。


 ものすごく……嫌な予感がする。

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