第143話 事件の予感

 長い長い風呂の時間が終わる。


 全員で脱衣所に入るのには、アウリエル以外のメンバーが拒否を示したので、僕と彼女たちで時間帯をわけてリビングに戻った。


 さすがに着替えまで一緒だと僕も恥ずかしい。ソフィアたちがアウリエルを押さえ込んでくれて助かった。


 ソファに体を沈めて休む。


 しばらくすると、着替えを終えたアウリエルたちがリビングに足を踏み入れた。


「お待たせしました、マーリン様」


「ううん。なんだかんだみんなと一緒に入れて楽しかったよ」


「そう言ってくださるなら、また明日も一緒に入りましょうか」


 くすりとそう言ってアウリエルが笑う。


 僕は墓穴を掘ったらしい。


「あはは……たまにでお願いします」


 とりあえず毎日はカンベンしてほしい。


「仕方ありませんね。その代わり、夜の時間をちょうだいするとしましょう」


「夜の時間?」


 無性に嫌な予感がした。


「ええ。もちろん夜伽です」


「ダメに決まってるでしょ!? いきなり君に手を出したら、僕が国王陛下に殺される!」


「マーリン様ならお父様にも勝てます! 新たな国王の誕生ですよ!」


「それ反逆罪!?」


 王女自らクーデターを唆すなんて悪魔みたいな子だな。


 もちろん本気ではないと思うが、冗談でもそういうことは口にしちゃいけない。


 君のお父さんの耳に入ったら、確実に号泣するよ。


「でしたらやはり、ここはわたくしと共に更なる神の御子を……!」


 ぎらぎらっ。


 アウリエルの瞳に強い欲の塊が宿る。


 久しぶりに見た暴走モード一歩手前といったところか。


 リビングに無意味な緊張感が漂う。


 それを霧散させたのは、カメリアの一声だった。


「——わ、私も!」


「え?」


「私も……その……マーリン様と、そういうこと、したいです……アウリエル殿下でも、それは譲れません」


 カメリアが顔を真っ赤にして珍しいことを言った。


 続々と他の子たちも口を開く。


「そうですね。殿下には申し訳ありませんが、遠慮しなくていいとのことなので……ここは逆に、殿下に遠慮してもらいましょうか」


「お姉ちゃんと私もマーリン様と一緒に寝たいです!」


「はいはい! ノイズも同じです! マーリンさんのそばが一番落ち着くのです!」


「あ、あなた方……遠慮しないという意味が……」


 この展開は彼女も予想していなかったらしい。


 あわあわと慌てながらどうにか彼女たちを説得しようとする。


 最終的にその日は、みんなバラバラで寝ることに決まった。


 アウリエルだけめちゃくちゃ不満顔である。


 セーフ。




 ▼




 翌日。


 目を覚ました僕たちは、今度は二回目のデートに向かう。


 二回目のデートはメンバー変更だ。


 初日に休んでいたソフィアとエアリーが混ざり、逆にノイズとカメリアが自宅待機となる。


 ノイズは軽い運動を。カメリアは料理でもして過ごすらしい。


 またしても案内役に抜擢されたアウリエルを連れて、僕たちは四人で着替えてから外に出た。


「さて……本当に冒険者ギルドでいいの? 二人とも」


 歩き出してすぐに僕はソフィアたちへ声をかけた。


 二人とも揃って首を縦に振る。


「はい! 私たちは冒険者なので、やっぱり冒険者ギルドに行きたいです!」


「依頼を請けないと体が鈍ってしまいますしね」


「二人とも真面目だなぁ。もうちょっと観光を楽しんでもいいと思うんだけど」


 新たにメンバーに加わったソフィアとエアリーが望んだのは、王都の観光ではなく冒険者ギルドへ向かうことだった。


 そこで依頼を引き受け、軽く体を動かしておきたいと言う。


 どうやら王都観光はまた後日らしい。冒険者として活動してきた二人にはピッタリの一日だ。


 すでに冒険者ギルドには足を踏み入れてあるので、僕としても文句はない。


 たまに体を動かすと気持ちいいことには同意するし。


「というか、ここまで連れてきておいてなんだけど、アウリエルはいいの? 冒険者ギルドで依頼を請けるならもう案内はいらないよ」


「もしものときの対処はお任せください。わたくしも冒険者ですから」


「あはは。ありがとう、アウリエル」


 正直彼女がいるのは助かる。


 迷子とかになる心配がないからね。


 でも彼女には力を借りてばかりだな。命を助けたとはいえ、そのうち借金ばかりが溜まっていくような気がする。


 どこかでお礼でもするか。


 もちろん体以外の支払いで。




「あれ? あの子……ひとりで何をしているのでしょうか?」


「泣いてる?」


「ん?」


 急にエアリーとソフィアが、中央広場の噴水前に佇む少女に目を向けた。


 僕も気づく。たしかに小さい女の子がひとりで泣いていた。


 気になったので彼女のもとにいく。同性同士のほうが話しやすいだろうと対話はソフィアたちに任せた。


「こんにちは。こんな所でどうして泣いてるの? 大丈夫?」


「み、ミーが! ミーがいなくなったの!」


「……ミー?」


 なんだかちょっぴり事件の予感?

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