第142話 迷い
屋敷内に設けられた広い浴室にて、僕の大きな叫び声が響く。
「あ……アウリエル、このままウチに泊まるの!?」
「泊まるわけではありません。一緒に暮らします」
可愛い顔でニコッと彼女は笑った。
いやいやいやちょっと待って。
「ダメに決まってるだろ。国王陛下がなんて言うか……」
「陛下……お父様のことならご心配なく。わたくしが説得しました」
「うそだぁ」
信じられない。
あの娘馬鹿な陛下が、簡単にアウリエルと僕の同棲を許すとは思えなかった。
「本当です! たしかにお父様を説得するのは大変でしたが、最後には必ずわたくしが勝つのです」
「えー……ほ、本当なの?」
「はい。それはもう悔しそうに許可をいただきました」
「陛下……なぜ……」
なぜあなたはアウリエルの暴挙を……。
恐らくどんなやり取りがあったのかは容易に想像できた。
娘に甘いというか嫌われたくない父親の悩みなど、だいたい共通のものだろう。
「そういうわけで、これからはわたくしも一緒にこちらで暮らします。よろしくお願いしますね、マーリン様」
「アウリエル殿下もこの屋敷で暮らすんですか? わぁ……いいのでしょうか? 私たち、完全にお邪魔なような……」
王族が同じ屋根の下で暮らすと聞いて、ソフィアたちの表情に困惑の色が浮かぶ。
しかしそれをアウリエル自身が治める。
「ふふ。緊張する必要はありませんよ。マーリン様の妻として我々は平等です。どうか公の場でもない限りはわたくしをただのアウリエルとして扱ってください」
「ででで、殿下を!?」
ソフィアがあっけに取られる。
普通に考えて不可能な話だ。相手は国で二番目三番目くらいに偉い国王陛下の娘だぞ。
ソフィアやエアリー、ノイズやカメリアは平民だ。あまりにも住む世界が違いすぎて気さくに接することはできない。
それで言うと僕も平民なわけだが……すっかりアウリエルに毒されたな。別に相手が王族だろうと怯まなくなった。
「まあ呼び方や対応などは今後どんどん慣れていけばいいです。わたくしは皆さんを平等に扱いますのでご安心を」
「本気で泊まる気なんだね……」
「ですから泊まるのではありません! 一緒に暮らすのですよ、あ・な・た」
「ぐはっ!?」
心の中で吐血する。
アウリエルの「あなた」呼びは破壊力抜群だった。
いまは風呂の中なので裸だ。余計に威力が増幅されている。
「ま、まあ……僕は部屋もあるから別にひとりやふたり増えても文句はないけどね……」
あるとしたら後日、陛下になんて言われるかだ。
面倒事は増えたな。アウリエルのことは嫌いじゃないから別にいいけど。
むしろアウリエルがいることで日常は賑やかになる。それを思うと、少しだけ嬉しかった。
「家主の許可も得ましたし、これからはたくさん子作りに励みましょう!」
「子づくっ——!?」
「気が早いよ」
なんで住むことイコール子作りなんだ。王族としてか知らんが、僕はそういうのはちょっとね。
もちろん彼女たちを抱くことになんら抵抗はない。若い男としてのあり余った性欲もある。
だが、無闇やたらには手を出さないよ。
この世界には避妊用のスキルを持った神官がいる。彼女たちにお願いすれば子供を作らずに済むのだ。
「そういうのはもっと大人になってからにしなさい」
「酷いです! わたくしはソフィアさんたちとの行いに目を瞑っているのに」
「ぶうううううう」
思わず吹き出す。その後、むせた。
「な、なんでそれを……!?」
これまで一度もアウリエルの前でそんな素振りはしなかったのに……。
ソフィアたちも気のせいか顔が赤い。
唯一表情の違うアウリエルがさらに僕に詰め寄る。
「しばらく一緒にいたのに気づかないはずがないでしょう! わたくしは自分も混ざりたい気持ちを必死で我慢していたというのに……この気持ちに対する対価はないんですか!?」
「対価って……別に」
「マーリン様にわかりますか!? ひとりで自分を慰める気持ちが——」
「あー! はいはいはい! その件に関しては慎重かつゆっくりと決めるからお待ちくださあああい」
変なことを口走る彼女の口を止めた。
アウリエルに羞恥心と呼ばれるものはないのだろうか?
話を聞いていたエアリー以外の女性陣は顔が真っ赤だ。
ノイズなんて恥ずかしくて泳ぎ始めたよ。もちろん泳ぐのは注意したけど。
「ぶう……マーリン様はいけずです」
「アウリエルが積極的すぎるだけだと思う」
風呂に入っているはずなのに疲れた。
途中、女性同士で談笑を始めた彼女たちを眺めて、僕は湯船にぷかぷかと浮く。
見上げた先の天井には、そろそろ答えを決めたらどうか? という文字が刻まれているように思えた。
「答えか……」
それを出すのが本当にアウリエルのためになるのか。
まだ、僕は迷っていた。
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