第138話 失踪事件

 ランク1冒険者にして冒険者ギルドのギルドマスター・ディランに案内されて二階の部屋に入る。


 そこはディランの……ギルドマスターの個室らしい。


 奥の椅子に腰をおろしたディランは、正面にある二つのソファへ座るよう僕たちを促した。


「座ってくれ。お茶はすぐに秘書が持ってくる」


 言われたとおりに僕たちは座る。


 僕の隣に誰が座るのかでほんの一瞬揉めた。


 最終的にじゃんけんしてカメリアとアウリエルが勝利を収める。


 僕たちからしたらいつもの光景だが、ディランはそうではない。


 いきなり目の前でじゃんけんを始めた彼女たちを見て、ディランは困惑した様子で口を開く。


「な……なんだか大変だな、お前も」


「慣れるとそうでもないですよ。あくまで彼女たちは僕のことが好きなだけですし」


「慣れてるのがなんかすげぇな……やっぱ顔か?」


「失礼な!」


 バン、とテーブルを叩いてアウリエルが吠える。


「わたくしたちは別に、マーリン様の容姿に惹かれて好きになったわけではありません! たしかに容姿も素敵です。それが理由のひとつであることは認めましょう」


 君の場合は完全に第一印象——つまり顔を見て決めたと思ったけど?


 いまは変化したのかもしれないが。


「しかし! 我々が心からマーリン様を慕うのは、マーリン様の人柄ゆえです!」


「そ、そうですか……愛されてて羨ましいかぎりですな」


 アウリエルの迫力にディランが困惑する。


 彼の気持ちはよくわかるので僕はアウリエルを宥めることにした。


「まあまあ、落ち着いてアウリエル。ディランさんの冗談だよ」


「わたくしは落ち着いています。冷静にディランを咎めたのです!」


「それは落ち着いてると果たして言えるのだろうか」


「言えます!」


 断言された。彼女がそう言うならそうなんだろう。


 僕は苦笑しながらも彼女を座らせる。


「そっか。でもアウリエルが怒ると僕は悲しいからやめておこうね。ディランさんもかわいそうだし」


「ま、マーリン様……マーリン様が悲しむのなら、わたくしも本位ではありません。謝罪します、ディラン」


「いやぁ……今のは完全に俺の失言だったでしょ。気にしないでください。こちらこそすみません。マーリンは俺も初めて見るくらいイケメンでしたので」


「その通りです。マーリン様の前ではどんな自称イケメンも霞みます。死にます。むしろ死んでください」


「アウリエル?」


 ディランが失言した。アウリエルが暴走する。


「よくいるんですよ、貴族の方に。俺は、僕はイケメンだから、ハンサムだからと言い寄ってくる畜生が。わたくしは興味ないのに長ったらしく自慢話を始めてもううんざりです。そういう人は一回マーリン様を見てから自分の顔を改めてほしいですね。マーリン様に比べればそこら辺に落ちてる埃と一緒ですよ。たとえマーリン様がいなくても埃のような存在ではありますが、マーリン様という夜空に煌く星のような方が並ぶと、もはや埃ですらその存在感を完全に——」


「アウリエルさーん、落ち着いてくださーい」


 ガクガクガク。


 彼女の肩を掴んで揺さぶる。


 僕は別にそこまで驚愕するほどのイケメンではない。たぶん。


 どうせ神様を信仰する彼女や、それに準ずる信者たちが過剰に騒いでいるだけだ。


 それで言うと彼女の元・婚約者候補のアーロンだってカッコよかったよ。性格はクソっぽいけど。


「——ハッ! マーリン様、申し訳ございません。マーリン様の前で見苦しい姿を……」


「よく見てるから平気だよ。いつものアウリエルじゃないか」


「それはそれでわたくしに失礼では?」


「まあまあ」


 アウリエルの不満は受け付けていません。彼女が話し出すと長いしね。


「……なんていうか、楽しそうだな、マーリン」


「失言ですよ、それ」


 じろりとディランを睨む。


 ディランはガハハと盛大に笑う。なにわろてんねん。


「まあいい。マーリンのことよりお前たちに話しておきたいことがあったんだ。杞憂だとは思うけどな」


「話したいこと?」


「ああ。お前ら冒険者なんだろ?」


「一応は。あんまり活動してるかと言われたら他の人より控えめかもしれませんが」


「なんでもいいさ。自由なのが冒険者ってやつよ」


 再びディランは盛大に笑う。


「俺が話したいのは、もしここでも冒険者として活動するなら、忠告だけしておこうと思ってな」


「忠告?」


 なんだか嫌な響きに聞こえる。


 ディランは頷いてから続けた。


「うむ。最近、王都では誘拐事件……とまでは言わないが、失踪事件が多発している」


「あ……たしかその話、お父様から聞きましたね。なんでも平民を中心に行方不明者が増えていると」


 アウリエルも話に参加した。より詳しい情報が出てくる。


「殿下の言う通りですね。最近は孤児の姿も減ってきているらしく、一応、マーリンたちにも忠告しておく」


「なるほど。それは物騒ですね」


「ああ。数が数なだけに、俺たちは事件性があると見てふんでる。まあ、お前なら襲われても返り討ちにできるだろうけどな。ガハハハ!」


「笑い事じゃありませんよ……」


 たしかに僕は平気かもしれないが、ソフィアたちが心配になる。


 一応、頭の片隅に置いておくことにした。

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