第137話 このおっさん……
吐きそうなくらい良いタイミングでムキムキのおっさんが正面入り口から出てきた。
僕たちとおっさん——ディランの視線が交差する。
ディランは途端に眩しいほどの笑顔を浮かべた。
「おお! マーリンじゃないかマーリン! それにアウリエルでん——」
「ディランさん、うるさいです」
自分の正体を馬鹿みたいに大きな声でバラそうとしたディランに、鋭い笑みを向けてアウリエルが釘を刺した。
「おっと。これは失敬失敬。マーリンと逢引きですかい、お嬢さん」
「はい、その通りです」
「違います。他にもいるでしょ、他にも」
「うん? そういやあのときコロシアムに集まっていた女の子がいるな」
ちらりとディランが僕の周りを見る。
そばにいたノイズたちを一瞥すると、にやりといやな笑みが刻まれた。
「ほほうほう。なんだよマーリン、すみに置けないじゃないか。たいそうなモテッぷりだな!」
「そうですね。さようなら」
くるりと踵を返してその場から立ち去ろうとする。
しかし、またしても腕を掴まれた。
今度はディランに。
「も~、気が早すぎ~。ちょっとは俺に構ってくれよな、マーリン!」
「ディランさん……」
急なおねえ口調にドン引きする。
ガタイが二メートルはあるムキムキのおっさんだぞ。似合うとか似合わないとかそういう次元の話じゃない。
まさに悪夢だ。吐きそう。
「せっかくここまで来たんだ、とりあえず中に入ろうぜ。おまえも冒険者ならギルドを見ておいて損はないぞ! 王都は初めてなんだろ?」
「……ええ、まあ」
「つい先ほどまで観光してましたよ。いまはノイズさんのために冒険者ギルドにきました。あちらの女性以外はみな冒険者なので」
「おお、そうなのか。それはいい。ぜひとも見ていってくれ。たしかお前らはセニヨンの町から来たんだよな。セニヨンの町より大きいぞ、ウチの冒険者ギルドは」
そう言って半ば無理やりディランが僕たちを中へ誘導する。
ここまで来て断るわけにもいかなかった。
ノイズどころかカメリアですら興味深そうに中を見つめていたのだから。
渋々、テンションの高いディランの後ろをついていく。
「まずはようこそ、お前ら。王都の冒険者ギルドに」
冒険者ギルド内部に足を踏み入れる。
そこはたしかにセニヨンの町以上に広大だった。
「うわぁ……! すごく広いですね! 外見から想像はできていましたが、すごいです!」
真っ先にノイズが感嘆の声を漏らす。
僕もその広さには驚きを隠せなかった。
「こ、こんなにスペースいります? 冒険者ギルドって」
「セニヨンの町じゃどうだったか知らないが、ウチはなんでも取り扱ってるからな。解体はもちろん、鉱石も薬草もモンスターの素材も買い取るぜ。それに依頼の数も尋常じゃない。酒場のスペースには大人数が入れるし、浴室だってあるんだぜ?」
「それはまた……至れり尽くせりですね」
もはや本当に冒険者ギルドなのかどうかも怪しい。
そもそも風呂っているのか? 汗をかいたあとで利用できるってことかな?
「ふははは! そうだろそうだろ」
「お、おい……なんでギルドマスターがここにいるんだ?」
「さっき外に出ていったと思ったら、知らない奴らを連れてきたぞ? 誰なんだアイツら」
「きっとギルドマスターが案内してるってことは、相当高位の冒険者だぜ」
「それにしちゃあ見覚えないけどな」
「他国の冒険者とか?」
「ありえるな」
ひそひそ、ひそひそ。
ディランの笑い声が冒険者ギルドに響く。何人かの冒険者がこちらを見て何か話し合っていた。
まあ無理もないか。
冒険者ギルドのギルドマスターに案内されたら、そりゃあ目立つってなもの。
僕もアウリエルもフードを深く被っているのでそこまで注目はされないが、あまりいい気分ではなかった。
「ディランさんディランさん」
「ん? どうした」
「とりあえずいろいろ説明してくれるのは嬉しいんですが、ここだとすごく目立ってますよ」
「……ああ、たしかに。周りの視線が鬱陶しいな。叱責してやろうか? 俺が一言いえば終わりよ」
「やめてください。余計目立ちます」
この人は普段から周りになにをしているんだ?
ちょっとだけ普段の光景が気になった。
けどそれを確認するのはやめておく。嫌な目立ち方しそうだし。
「そうですね……わたくしも少しだけ休める場所に移動したいです。お願いできますか、ディラン」
「休める場所……でしたら二階に行きましょう。俺の部屋がありますんで」
「決まりですね」
まだ見て回りたいであろうノイズたちに声をかけて二階へ移動する。
彼女たちには、ギルドマスターとの話が終わったらまた一階を見て回ろうと約束した。
ノイズたちもまた、目立っていることに気づくと素直に僕の提案に賛成する。
階段をのぼって二階へ。
余計目立ってしまったが、その甲斐もあって静かになる。
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