第134話 嫉妬の視線

 王都の観光が始まる。


 王都はものすごく広かった。


 どれくらい広いかと言えば、セニヨンの町がいくつもすっぽり埋まるくらい広い。


 だから計画を立てて、まずは南の通りを進んでいく。


 南の通りは、主に平民向けの店が多く並んだ商業区画らしい。


 僕はアウリエルのおかげで貴族にはならずに済んだ。それゆえに平民だ。


 もともとセニヨンの町でも平凡な暮らしをしていたため、こういう普通な活気に当てられると普通に楽しかった。


 左右前後、どこからも賑やかな声が飛んでくる。


 周りを歩く人たちの数も多い。それだけに、みんなとはぐれないように固まっていた。


「あれはなんだ? 肉……?」


「水牛と言われるモンスターの肉ですね。水辺に生息しているモンスターだそうですよ」


「牛の肉……牛肉か。美味しそうだね」


「人気の食べ物だと聞いています。買ってみますか?」


「いまならあんまり列もないし……そうだね。買ってみよう。みんなは食べる?」


 近くにいるノイズたちに訊ねる。


 三人とも首を縦に振った。特にノイズとカメリアは食い気味だった。


「食べたいです!」


「とても興味があります!」


「了解了解。僕が買ってくるね」


 さすがに全員で移動するのは近くまで。列に並ぶのは僕ひとりだ。


 アウリエルも含めると四人だからね。さすがに他の人に迷惑だ。


 アウリエルから目を離すのはちょっと怖いけど、護衛の人もいるし、距離的に僕もすぐにカバーできる。


 フードを被ったまま、行き交う人々を避けて店のほうへ向かった。


 肉は簡単に買えた。四人分ともなると持つのに苦労したが、なんとか人にぶつからずにノイズたちの下へ戻る。


 この世界に便利な袋という概念はあまりない。


 そんなものに金を掛けられない平民たちは、当然のようにそのまま肉が刺さった串を手渡してきた。


 二本二本、計四本。


 なんとか両手で持てる数だった。


「ただいま、みんな。はい、これお肉だよ」


 ひとりずつ順番に食べ物を渡す。


 最後にアウリエルに肉を渡す際、ふと彼女に食べ物を与えてもいいのか迷った。


 しかし、アウリエルは僕の疑問とは裏腹に、なんの躊躇もなく串を受け取って食べ始める。


 一応、あとが怖いので訊いておいた。


「アウリエルは屋台に売ってる物を食べてもいいの? 可能性はかぎりなく低いとは思うけど、毒とか入ってたら……」


「その場合はマーリン様に解毒してもらいます。状態異常を治すのは、いまの私にはまだ難しいので」


「いやいやいや、僕を信用しすぎじゃない」


 僕が君を助けない可能性だってある。


「マーリン様はこれまで、信用に値する方だと見極めてきました。こんな所で見捨てる方が、魔族から命懸けでわたくしを助けませんよ」


「……それにしたって、無防備すぎる」


「信用の裏返しです。それに、たとえマーリンさまがいなくても、自分自身を治療しながら護衛たちに王城へ運んでもらいますから。王宮には様々な薬草もありますし」


 それならいいのかな?


 僕も価値観が壊れてるほうだから、手段さえあればいいやって思っちゃう。


 これもアウリエルによる影響……?


「あんまり無茶しないでね。もちろん全力で助けるけど」


「はい。でも今だけは……わたくしもただのアウリエルとして扱ってください。マーリン様のただの仲間アウリエルです。一緒に楽しみましょう」


「……それはズルい」


 そんなこと言われたら拒否できないじゃないか。


 今後もいろいろな物を食べさせちゃう。


 彼女はにこっと笑って言った。


「作戦どおりです」




 ▼△▼




 王都観光は続く。


 最初こそアウリエルに平民の食べ物を与えるのを渋った僕だが、それが二度、三度と続くとさすがに遠慮がなくなった。


 アウリエル自身もそれを喜び、美味しい美味しいと言って様々な料理を胃袋に収めた。


 もともと彼女は平民に寄り添える王族だ。


 セニヨンの町でも一度も文句を言ってる姿はなかった。


 そんな彼女だから僕たちも気さくに接することができる。


 あのカメリアたちが、気づけば王女様に話しかけていた。仲よさそうで何よりだ。


 何よりなんだが……うん、そうだよね。女性を三人も連れて歩くとどうなるかくらいはわかっていたはずだ。


 簡潔に言おう。


 ——周りの視線がすごい!


 最初は観光メインで気づかなかったが、余裕が生まれたことで遅れて気づく。


 特に男性陣からの視線がすんごい。嫉妬を多分に含む姿は、見ているというより睨んでいるようだった。


 おまけに、買い物はほとんど僕が行った。


 量が多いとノイズやカメリアにも頼むことはあったが、その大半が僕ひとりだ。


 ほんのわずかな時間とはいえ、彼女たちを放置した結果……。




「ねぇねぇ、君たち可愛いね。女の子だけで遊んでるの? 俺たちも混ぜてよ」


 料理を持って戻ったときに、ノイズたちをナンパする男たちの姿が視界に映った。

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