第130話 染められてるじゃん……

 ディランとの戦闘が終わり、国王陛下はコロシアムから王宮へ帰っていった。


 すでに報酬を受け取っている僕は、陛下を見送ったのちにアウリエルから、


「では、面倒な用事も片付いたことですし、マーリンさまの屋敷へ向かいましょうか」


 と言われた。誰も反対しなかったので、六人が乗れるほど広い馬車を用意して、それに乗って王都の北区を目指す。




 ▼




 アウリエルの案内……というか馬車が自動的に屋敷の前に到着する。


 屋敷はよくある二階建ての大きな建物だった。


 見上げるほどのサイズに、広大な敷地。それらをぐるりと見渡して僕たちはそれぞれが感想をこぼした。


「こ、これは……また凄いものをもらったね」


「そ、そうですね……これまで泊まっていた宿が軽く霞むくらいには立派です」


「お、お姉ちゃん……わ、私、大丈夫かな? まともに生活できる自信がないんだけど……」


「王宮でもかなり窮屈な思いをしましたからね……ただの町の宿屋の娘が、こんな立派な屋敷に住んでもいいんでしょうか?」


「ノイズは嬉しいですよ! 庭も広くて走り回るには打ってつけです!」


 僕、エアリー、ソフィア、カメリア、ノイズの順番で口を開く。


 唯一、ノイズだけが瞳を輝かせて純粋に喜んでいた。


 今回ばかりは単純な彼女が羨ましいとさえ思った。


「ふふ。マーリンさまの働きに対する正当な報酬です。遠慮せずに受け取ってくださいね。ここはもう、マーリンさまのお家なんですから」


 アウリエルがニコニコ笑いながら僕の手を引く。


 正門をくぐり、玄関扉に続く直線の道を歩いた。二メートル以上の者でも入れるように設計された大きな扉を開けると、吹き抜けのロビーが見える。


 ロビーの中央には二階へ続く階段が。左右にはいくつもの部屋の扉があった。


 さらに、箒や雑巾を持ったメイドたちの姿も見える。どうやら国王陛下が言ってた派遣した使用人たちらしい。


 彼女たちは僕の姿に気付くと、一斉に頭を深く下げた。


「おかえりなさいませ、旦那様」


「……旦那様、か」


 なかなか恐縮する呼び方だね。慣れないけど、そのうち勝手に慣れていくだろう。


「彼女たちはわたくしが選んだ精鋭メイドです。なんと家事全般以外にも軽い護身術が使えます!」


「それは果たしてメイドと呼べるの……?」


「? メイド服を着た女性をメイドと呼ぶのでしょう?」


「……そっか。まあいいや、それは」


 いまはそんなことより気になることが他にある。


 彼女はたしかに言った。


 と。


 それはつまり……。


「それより、さ」


「はい」


「なんでアウリエルがメイドを選んだの? 普通、そういうのは別の人の仕事なんじゃ?」


「……わたくしもここに頻繁に来ますので」


「へぇ……あとさ」


「はい」


「彼女たちも信者?」


「はい!」


 ですよね!!


 知ってたよ。アウリエルが選んだって聞いた時点でハッキリしていた。


 彼女の知り合いの女性イコール信者だ。それもただの信者じゃない。熱狂的な信者。


 顔を上げた彼女たちの瞳に、どす黒い感情のようなものが見える。


 せっかく息苦しい王宮を出ることができたのに、結局ここも信者の巣窟と化してるじゃねぇか!


 ほとんど意味ねぇよ! むしろ陛下の監視がなくなる分、アウリエルがはっちゃけそうで恐ろしい。


 これなら狭い宿のほうがマシだったのでは?


 今からでもこの屋敷、陛下に返却できないかな……。


「ちなみに返却はできません」


「僕の内心を読まないでくれると嬉しいな」


「マーリンさまの不服そうな表情を見れば判ります。いいじゃありませんか! いろいろと厄介な人から守ってくれますよ」


「厄介な人?」


 何の話だ?


 僕は首を傾げる。


「アーロン公子のことですよ。きっとあの人はまたマーリンさまに絡んできます。それに、他の貴族も興味を示すでしょうね」


「え……僕なんかに?」


「なんかではありませんとも。急に現れた謎の貴族。国王陛下との強い繋がりが? なぜ王女であるわたくしと仲がいいのか……など、詮索する方はいます。貴族はそういうの大好きですから」


「アウリエルのせいじゃん」


 君がすべての不利益を呼び込んでない?


「そんな……酷いです。わたくしはただマーリンさまへ無償の愛を注ぎたいだけ。それに、貴族になれば色々と今後の活動にも便利ですよ。お店を利用するときも貸切とかできますし」


「別にする予定はないかな……」


 他の人に迷惑をかけるのはちょっとね。


 そうでなくても、そんなことにはお金を使ったりしない。精々、たまに贅沢するくらいだ。


 僕が目指すのはスローライフ。自由気ままな人生なのさ。


「まあまあ。とりあえず部屋を見て回りましょう? ソフィアさんたちはもうどこかに行きましたよ」


「え? い、いつの間に……」


 くるりと後ろを振り向くと、アウリエルの言うとおりそこには誰もいなかった。


 左右の部屋へ続く扉が開かれている。何人かの声がそちらから聞こえた。


 ちなみに外で走り回っている声も聞こえた。ノイズだ。音が高速で右から左へ流れていく。


「マーリンさまもこの状況を楽しみましょう? どうせ返すものでもないんですし、そっちのほうがお得ですよ」


「……そうだね。アウリエル、一緒に二階へ行こうか」


「はい!」


 待ってました、と言わんばかりによい返事をしてくれる。


 彼女に手を繋がされ、二人仲良く階段をあがる。後ろからメイドたちの視線を感じた。




———————————

あとがき。


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