第127話 カッコつけたい

 ランク1冒険者ディランは恐ろしく強かった。


 鑑定スキルでステータスを知っていたにも関わらず、その防御力はレベル500の僕の全力の一撃を受けてもビクともしない。


 腹筋と気合、それに足の力で完璧に防がれてしまった。


 しかし、僕の攻撃はそこで終わりじゃない。


 得意の魔法攻撃スキル、聖属性魔法を使って光を撃ち込んだ。


 浄化と高熱による攻撃だ。少しはダメージを受けたはず。


 光が煌き、ディランを包む。


 僕は一旦距離を離して後ろに着地すると、光が消えて——無傷のディランが姿を見せた。


「は——はっはぁ! これしきの攻撃では俺にダメージなど与えられんぞ!」


「いやいやいや……どんな体してるんですか、ディランさん」


「レベルアップによる恩恵だな。せめてドラゴンくらいの攻撃力がないといかんぞ」


「それはもう災害なのでは?」


 ドラゴンみたいなワイバーンですら、消し炭にできる僕の攻撃を喰らってもディランさんはぴんぴんしていた。


 服は焼け焦げたが、晒された上半身に怪我などは見られない。


 ムッキムキの筋肉が陽光を反射して輝いていた。


 なんだあれ。ワックスでもつけてんの?


「ふふふ。災害級のバケモノから民を守るのが俺の役目だからな。もっと滾る戦いを頼むよ。出し惜しみはせずにね」


 そう言うと、急にディランさんの体が膨れ上がった。


 厳密には大きくなった。横にも縦にもぐんぐん成長していく。


 元から二メートルを超える身長だったのが、恐らく三メートルを超えて四メートル近い。


 それに合わせて横幅も変わった。もはやただの巨人である。


「な……なに、それ……」


 剣まで大きくなっている。間違いなくスキルだ。


「俺のスキル、巨大化である! ステータスが上昇する強化系のスキルでな。俺が豪腕鉄壁と呼ばれる所以でもある!」


 ディランさんが地面を蹴る。


 あれだけの巨体が、恐ろしい速度で目の前にやってきた。


 速度もさらに速くなっている。もう回避は間に合わない。


 咄嗟に腕をクロスしてガード体勢を作ると、ディランさんの剣が僕に当たる。


 こちらが回避できないのを見越してか、ディランさんは剣の側面で僕を叩いた。


 重すぎる衝撃を受けてコロシアムの壁まで吹き飛ぶ。


 頑丈に作られた壁を破壊し、そのまま客席まで体が埋まった。


「ぬん! これぞ筋肉による奇跡の力! パワーはすべてを解決するのだ!」


「マーリンさま!」


 遠くからディランさんとアウリエルの声が聞こえる。


 ディランさんは自慢げに。アウリエルは心配そうな声で叫んでいた。


 あぁ……アウリエルを心配させちゃったかな。


 油断していると言われればそうだが、僕の想像より相手が強かった。


 このまま負ければ面倒な戦いも終わる。


 それがいいかもしれない。


 瞼を閉じて、終了の合図を待った。


 しかし——。


「…………あれ?」


 気付くと僕は立ち上がっていた。


 瓦礫を押しのけてステージのほうへ戻る。


 不思議な気分だ。自分ではそれを否定したはずなのに、やっぱり負けたくないと心が体を動かす。


 一番の理由はなんだ? プライド?


 いや、なんとなく……アウリエルにある気がしてならない。


 ちらりとアウリエルのほうへ視線を向ける。


 先ほどまでの表情が消え、今度は心配そうに僕を見る。


「なんだかなぁ……僕って自分が思うより単純?」


 にやりと笑う。もう笑うしかない。


 最初、さんざん負けたほうがいいと考えておきながら、最後にはそれを撤回して勝ちたいと思った。


 アウリエルの表情を曇らせたくない……そう思ってしまった。


 ダメだ。惚れた弱みだ。


 好きな子には、常に笑っていてほしい。


 負けるメリットより、勝つことで発生するデメリットを僕は選んだ。


 封印を解除する。


「——第一封印解除。レベル1000」


 身体能力が極限まで上がる。


 単純計算でこれまでの倍だ。


 気持ちが昂ぶり、思考がクリアになる。


 踏み出してみれば単純な話だ。僕は女の子に弱い。女の子の前でカッコつけたい。そんなよくいる普通の男の子だった。


「……ほう? 何をした? 急に雰囲気ががらりと変わったぞ」


「ああ、やっぱり気付くんだ? さすが世界最強の冒険者。いい勘してるよ」


 封印を解放すると、急激に能力が高くなるから興奮する。


 自分が神にでもなったかのような悟りを得る。


 実際にはそう思っているだけでなんの悟りも開いていない。だが、気分は大事だ。


 その差が時に勝敗をわけることもある。


「ちょっと強くなっただけさ。胸を借りますよ……先輩」


 僕は一歩前に踏み出す。


 直後、ディランが動いた。


 剣を構えて僕の背後に回ると、容赦なく剣を薙ぐ。


 今度は刃が僕のほうを向いていた。


 ——必殺の一撃。


 そう思われていたであろうディランの攻撃を、僕は片手で受け止めた。

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