第126話 好きなんだよ
世界最強のひとり、ランク1冒険者ディランと戦うことになった。
原因はアウリエルの婚約者候補だった男性アーロンだ。
彼はアウリエルに対して酷い言葉を言い続けたにも関わらず、彼女への想いを捨て去ることができなかったらしい。
アウリエルの意中の人物である僕を恨むことで、抱いた虚しさ、哀しさの一部を発散しようとした。
そこでアーロンに雇われたのが、冒険者ディラン。
身の丈ほどの大剣を軽々と振るい、僕のもとへ接近してくる。
ステータスが僕より高いだけあって、シンプルな戦法がかなり強い。
主に腕力と耐久に特化した剣士だ。それでいて、レベルの高さから敏捷もそれなりに高い。
総合では僕のほうがバランスはいいが、こと近接戦闘においては間違いなく僕より強かった。
相手の斬撃をかわしながらひたすら距離を離していく。
しかし、離したそばからディランに潰される。なかなか暇を与えてはくれない。
「そらそらそら! どうした! おまえの力はこんなものではないだろう!?」
ディランは猛る。本性が露になり、獰猛な表情を浮かべて迫ってきた。
正直、男に迫られても嬉しくない。
さっさと突き飛ばして戦闘自体を終わらせたかったが、いまのステータスでそれをしても返り討ちに遭うのは明白だ。
どうにか魔法スキルで対抗するしか僕には道は残されていない。
が。
……負けるのもひとつの手。負ければややこしい戦闘も終わる。
たとえ僕がアウリエルを守る能力を持たないと国王陛下に思われてもいい。それはそれで肩の荷が下りる。
だが、どうにしても観客席でこちらを見つめるアウリエルの顔を見ると、簡単には負けられない気持ちになる。
僕の勝ちを信じてやまないその表情が、僕の逃げ道を塞ぐ。
なんだかんだ、僕はアウリエルのことが好きらしい。それは事実だ。
献身的でありながら、優しく明るい彼女に惚れている。好きだと言える。
それでも僕にはすでに何人もの恋人がいる。だから見ないフリをした。最初は負けようと思った。
それが蓋を開けるとどうだ? 無駄に攻撃を避けて戦っている。
小難しいことを考え、どうにか勝機を探そうとしていた。
我ながら女々しい奴だ。
異世界にチートを持って転生したのだから、好きに生きればいいのに。
ハーレムを築いてうはうはだ! と割り切れればどれだけよかったか。
すでに最低レベルのクズ野郎に堕ちたくせに、あと一歩前に進めない。それがアウリエルすら傷つけているとわかっていながら。
キープがどれだけ残酷なことか。
ディランの攻撃を避けながら、ふと、僕は違うことに囚われ始める。
一度考え始めると集中力が下がるのは僕の悪いくせだな。思い悩むのも悪いくせだ。
どうせほとんど答えは自分の中で出ているというのに……。
「ははっ。いつだって僕は……」
相手にばかり答えを求めている。
自分から何かを積極的に掴もうとしたことがあったか?
カメリアの件だって、アウリエルとカメリア本人のおかげだ。
もっともっと我を出していかないとな……。
そう思った。
「笑う余裕があるのかね! だったら反撃したまえ! いつまで経っても回避一辺倒では面白くないぞ!」
「言えてる」
大きくディランの攻撃を回避した。コロシアムの壁ギリギリまで寄る。
「マーリンさま……頑張ってください!」
アウリエルの声援が聞こえてきた。
すぐにディランが向かってくるので、返事を返すこともできずに走る。
再びディランが攻撃し、それを僕が避けた。
「うーん……やっぱ、アウリエルのために頑張りたくなるなぁ」
なんやかんや言って負けたくない。
ここまで逃げ続けて、その上で結論は出る。
とはいえ能力の解放はまだしない。まだ、いまの僕にもできることはある。
激しさを増したディランの剣が、わずかに頬に触れて傷ができる。
ディランは笑い、そして僕もまた笑った。
「——よし。勝負はここからだ」
土属性魔法を発動した。
地面を介して魔力を流し、極めて狭い範囲に地震を起こす。
狭い分、揺れはそれなりに大きい。
「むっ!? これは……!」
ディランの動きが止まる。
支えにしていた地面が揺れたのだ、世界最強と言えどもわずかに行動が鈍る。
その隙を突いて、今度は僕が攻撃をした。
拳を握って殴る。
普段なら相手は吹き飛ぶくらい全力で殴った。が、ディランはなんと、気合と腹筋、足の力だけで僕の一撃を防いだ。
凄まじい衝撃に地面が割れるものの、ディランは吹っ飛ぶことも怪我を負うこともなかった。
さすがにステータスを知っててもこれには驚く。
「ま、マジかぁ……超頑丈じゃん」
「俺の二つ名は〝豪腕鉄壁〟。最強の矛と最高の盾を持っているのさ」
「矛盾かよ」
呟きながらも次は聖属性魔法を撃ち込む。
素手による攻撃が効かなくても、魔法による攻撃はどうだ?
閃光が煌き、ディランを包む。
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