第125話 面倒だな……

 アーロンに呼ばれて、広間の隅で待機していた大柄な男がこちらにやってくる。


 ムキムキのマッチョだ。背中に大きな剣を担ぎ、顔はゴリラと見間違うほどにほりが深い。


 しかし、反面、オーラは凄まじかった。


 ただ立っているだけなのにぞくりと背筋に悪寒が走る。


 これが……世界最強のランク1冒険者。


「ハハハ! どうした庶民! ディランを見てビビったのか? わざわざお前のために冒険者ギルドから呼んできたんだぞ? 噂によると、2級危険種を倒せるらしいからな!」


「それは……」


 ちょっとだけ情報が古いんじゃないか?


 それに、ついさっき魔族の話を聞いていたはずだ。アウリエルのことで頭がいっぱいだったか?


 どちらにせよ、僕はこの男と戦う理由がない。


 無益な暴力など何も生まない。


 ため息をついて首を左右に振った。


「生憎ですが、僕は戦いません。戦う意味がありません」


「なんだと!? 私の言葉が聞けないのか!?」


「必要に迫られれば戦いますが、そうでなければ遠慮します。どうぞ好きに罵っていただいて構いませんよ」


「ふざけるな! そんなワガママが通るか!」


 どっちがワガママだ。むしろ僕は当然の主張をしている。


 さっきの話を聞くかぎり、問題があるのはアウリエルと彼のあいだ。僕は関係してはいるが、どちらかと言うと巻き込まれただけ。


 これ以上なにかを迫られても困る。


「なにを言われても僕は戦いません。無意味な戦いは遠慮します」


「ぐぬぬぬ……国王陛下! 何卒この庶民に命令を! あなたもこの男の実力を見たいでしょう?」


 あ、この野郎。


 自分では埒が明かないからって陛下に頼りやがった。


 さすがの僕も陛下の命令だけは無視できない。貴族ならまだしも、国王陛下は国の王。


 その言葉に背くは反逆だ。


「ふむ……アーロンの言い分はともかく、たしかに余もマーリン殿の力には興味がある。魔族すら退けた能力、見せてはくれないかね?」


「……どうしても、でしょうか」


 無礼を承知で言ってみる。


 陛下はこくりと頷いた。


「でしたら……わかりました。陛下のためなら喜んで」


 娘を守るに値するかどうか、実際にたしかめたいのだろう。


 今後、僕は別にアウリエルを護衛するわけでもないのに。


 だが、国王陛下の頼みは頼みだ。恭しく頭を下げて承諾する。


 アーロンが喜びの声をあげた。


「ははは! 最後には私が勝つのだ!」


 別におまえが勝ったわけじゃないだろ。陛下のおかげだ陛下の。


 口には出さないがじろりとアーロンを睨む。


「ディラン! 話は聞いたな? 必ず勝て。敗北は私が許さん」


「そう言われてもね……2級危険種ならともかく、魔族も倒したんだろ? 普通に考えて俺には勝てねぇよ……やれやれ」


 外見に似合わぬ弱音を吐きながらも、その顔にはありありと闘志が宿っていた。


 なんとなく、強い奴と戦うの大好き! ってオーラを感じる。


「では馬車を用意してコロシアムへ向かうとしよう。今日のために貸切にしておいたからな」


 陛下の一声で移動が決定した。


 恐らく、この戦いのために予め用意しておいたのだろう。


 げっそりしながらも僕はアウリエルと共に移動する。




 ▼




 馬車で移動こと三十分。


 王宮から遠く離れたところにコロシアムはあった。


 アウリエル曰く、コロシアムは多くの人間が刃を交える場所だという。


 おぼろげに思い出せる前世の記憶にあるコロシアムと何ら変わらない。人々の娯楽になっているらしい。


 馬車を会場の前に停め、全員で中に入る。


 中央の広間、ステージには僕とディランと呼ばれた冒険者の男が。


 それ以外のメンバーは観客席で戦いを見守る。


「最初は貴族のボンボンがくだらねぇ依頼を持ってきたとばかり思っていたが……まさか魔族殺しの英雄と戦えるとはな。最高だぜ」


 向かい合うディランさんが、にやりと笑ってそう言った。


 僕はぜんぜん笑えない。


「そんな大層な人間じゃないですよ」


「なわけあるかよ。精々、少しでも善戦できるように頑張るぜ!」


 ディランさんが背中の剣を抜いた。


 背丈と同じくらい巨大な剣は、ディランさんの大柄な体型と合わさって恐ろしいくらいの威圧感を放つ。


 見たまんまの戦闘スタイルだろうな。近接攻撃主体のごりっごりのパワータイプ。


 まず力技でくるはずだ。そこをカウンターを入れながら戦うことにしよう。


 レベルは500でいく。


 相手のレベルも600ちょっとだからだ。1000にするとすぐに終わるし、相手は世界最強の一角。下手に手加減できなくて殺したらまずい。


 反対に僕は負けてもいい。正直、勝つメリットはほぼなかった。


「んじゃ、まあ……そろそろいきますか!」


 剣を構えたディランさんが、ごく太の足で地面を蹴る。


 高速移動みたいな速さで目の前にやってきた。レベル差があまりないからなんとか目で追える。


 振り下ろされた剣を横に避ける。


 拳を打ち込もうと腕を引くと、打ち込むより先に今度は薙ぎ払いが飛んできた。


「ッ——」


 ギリギリで後ろに飛んで回避した。


 かなり速いな。足もそうだが、腕の筋力も尋常ではない。


 これは少々……面倒だと思った。

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