第124話 ランク1冒険者
国王陛下との謁見の最中、急に見覚えのない男が僕を指差して言った。
「お、おまえがアウリエル殿下を奪った不埒者だな! 私はお前を認めない! 決闘だ!!」
えぇ……?
なにこの状況。
あまりにも唐突すぎて僕はフリーズした。
そのあいだも男は僕のことを口汚く罵る。
「本当は私がアウリエル殿下と結婚するはずだったのに、それをお前みたいな下賎な庶民が横取りするなんて……陛下が許しても私は許せない!」
「そ、そんなこと言われましても……そもそも僕はアウリエル殿下と結婚するなんて一言も……」
「黙れ黙れ黙れぇ! お前が現れたせいで、私とアウリエル殿下の婚約話が白紙に戻されたのだぞ!? これがお前のせいじゃないと言えるのか!?」
「マーリンさまは悪くないかと」
びしりと冷淡にアウリエルが会話に割り込んだ。
珍しく彼女の視線が鋭いものに変わる。
「たしかにわたくしとアーロン公子様の婚約話が持ち上がりました。それは否定しません。公爵家の子息と王女のわたくしが婚約すれば、より国の利益なると一時は納得しました」
淡々とした声でアウリエルは続ける。
「しかし、それはあくまで国の利益を考えた結果。それより良い条件があればそちらに鞍替えするのは当然のことでしょう? 王族の婚約はただのごっこ遊びではないのですよ?」
「うぐっ! だ、だがな……私たちは子供の頃からの付き合いじゃないか。どうしてそう綺麗さっぱり割り切れるんだ? 情はないのかね?」
狼狽えながらもアーロンと呼ばれた男は、必死にアウリエルの説得を試みる。
けれど彼の声は彼女には届かなかった。
「ありませんね。仲がよかったならたしかに情は残りますが、あなたに関してはまったく」
アウリエルは首を横に振る。
浮かべた表情に、一ミリたりとも感情が乗っていなかった。
いつも笑顔のアウリエルしか知らない僕は、思わず彼女の真顔に背筋が冷たくなる。
酷い女だと思ったわけじゃない。珍しかったから、ちょっと怖かっただけだ。
「そ、そんな……」
ばっさり切り捨てられたアーロンは、膝から崩れ落ちて涙をこぼす。
さすがにあそこまで言われたら僕も同情しちゃうな。
変な奴だと思ったが、その想いは本物だった。
「哀しいフリはやめてください。あなたがわたくしに何をしたのか、もう忘れたのですか?」
「わ、私が? 君に? な……何のことだね?」
「……ハァ。言われないと思い出せないとは……ガッカリです、公子様」
心底呆れたようなアウリエルのため息が漏れる。
次いで、彼女から怒りの感情すら消えた。
「わたくしはあなたが嫌いでした。心無い言葉を吐き捨てるあなたが。何度も何度も信仰なんてくだらないと笑われ、気持ち悪いと言われましたね。他にも笑顔が嘘っぽい。もっとこちらを立てろ……ああ、わたくしに関する嫌な噂を流したのもあなたでしたね。なんでも自分が支えているとかなんとか言って」
次第にアウリエルの表情がいつもの笑みに戻る。
だが、いつものものよりはるかに恐ろしい圧を感じた。
思わず僕は視線を逸らす。
「そ、それはだね——」
「言い訳はしないでください。これ以上、あなたの無様をわたくしに晒さないで」
反論しようとしたアーロンの言葉を、アウリエルがぴしゃりと止める。
「もう一度言います。わたくしは、あなたが、嫌いです。国のために婚約することを受け入れようとしましたが、そもそも婚約の話が挙がっただけで婚約はしていません。わたくしの運命の相手はマーリンさまだったのです。大人しく諦めてください」
「あ、アウリエル……私は……」
ダメだ。完全に彼は敗北した。
理由を聞いたらアウリエルがあそこまで毛嫌いする理由もわかる。
アウリエルにとって信仰は己の人生とも言える。
少なからず僕に好意を持った理由もそれに準するものだ。
それを否定したら怒る。誰だって自分の大事なものは肯定してほしい。
広間に嫌な空気が流れた。
アウリエル以外の誰もが口を閉ざす。
痛々しいくらいの沈黙が満ちる。
どうしたものかと頭を抱えていると、静寂を切り裂く声がひとつ。
打ちひしがれていたアーロンだ。
彼は震える手で床を叩くと、鬼の形相で僕を睨んで叫んだ。
「く、クソ……クソクソ! やはりすべてお前のせいじゃないか、マーリン! 許さん……許さんぞ!」
なんでやねん。
完全なる自業自得……とも言えないか?
最後には彼女が選んだのは僕なわけだし、僕がいなかったら結婚もできていた?
あれ? 本当に僕のせい?
「ディラン! さっさとこっちにこい! お前の出番だぞ!」
混乱する僕を放置して、アーロンの大きな声が響いた。
広間の隅で待機していた男性のひとりが、やれやれと頭をかきながらこちらにやってくる。
男を指差してアーロンは自慢げに言った。
「絶望するがいい! お前の相手はこのディランが務める! コイツは世界にも数人しかいない最強のランク1冒険者なんだぞ! ディランと戦え、薄汚い庶民が!」
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