第119話 失念していた

 アウリエルの案内で王宮内部にやってくる。


 王族が住む場所だけあって、他の建物とは比べ物にならないほど立派だった。


 馬車を降りて、固まって玄関扉をくぐる。


 するとすぐに掃除中のメイドたちを発見する。


 当然のようにフードを脱いだアウリエルを見て、メイドたちは歓喜の表情を浮かべた。


 逆に僕は言い知れぬ不安を覚えた。


 理由はわからない。


 それでもわらわらとアウリエルのもとへ集まるメイドたちを見ると、不安になる。


「アウリエル殿下! セニヨンの町に行ったと聞きましたが、ご無事で何よりです!」


「アウリエル殿下の帰りをずっとお待ちしておりました!」


「ああ神よ! アウリエル殿下をお守りくださったこと感謝いたします!」


「ふふ。皆さんありがとうございます」


 集まったメイドたちにアウリエルは礼を伝えた。


 次に、彼女たちの視線が後ろに並ぶ僕たちを捉える。


「……あれ? そちらの方々はアウリエル殿下のご友人でしょうか?」


「はい。わたくしの大切な人たちです。わたくしを王都まで護衛してくれました」


「まあまあ! 我らが偉大なる聖女アウリエル殿下を守っていただきありがとうございます」


 バッとその場の全員が僕たちに頭を下げる。


 アウリエルに事前に聞いていた話だと、王宮に勤めるメイドは大半が貴族令嬢だという。


 要するに僕より格上の人たちだ。そんな彼女たちが、アウリエルのために僕たちに頭を下げた。なんの躊躇もなく。


 貴族令嬢ってもっとお堅いイメージがあったけど、アウリエルと同様に物腰も柔らかくいい人たちだった。


「……そ、それで、アウリエル殿下。例のお方とは会うことができましたか?」


 ——ん?


 なんだか急に悪寒が強まった気がする。


「例のお方ですか。ええ、もちろんお会いしました。たくさん話す機会もあり、充実した日々だったと言っておきましょう」


「まあまあまあ! 羨ましいかぎりですアウリエル殿下! やはり神秘的な銀髪に黄金色の瞳はたしかでしたか!?」


「そうですね……実物はものすごく美しい方ですよ。噂で回った程度の情報ではわかりませんでした。実物を見たからこそわたくしは断言します。、大変素晴らしい方だと!」


 両腕を広げて大袈裟にアウリエルは言った。


 直後、姦しいメイドたちの叫び声が聞こえる。


「きゃあ————! 私たちも一度でもいいから見てみたいです……! 神の生き写しと言われるマーリンさまを!」


 そこまで聞いて僕は踵を返す。


「それじゃあアウリエル殿下、僕たちは護衛も終わったのでこれで」


 ローブの裾を掴まれる。


「あらあらまあまあ。どこへ行くというのですか? まだ報酬も渡していないというのに。そもそも王宮に泊まる約束でしたよね、?」


「——え?」


 シンッ。


 一瞬にして空気が切り替わる。ただの静寂じゃない。張り詰めたかのような静寂だ。


 メイドの視線がすべて僕のローブの下に集中する。


 咄嗟に、反射的にローブをより深く被った。


 それが肯定を意味したと捉えたのだろう。メイドたちはおそるおそるアウリエルに訊ねた。


「あ……あの、アウリエル殿下? 先ほどそちらの方をなんとお呼びしましたか? 私の耳がおかしくなっていなければ、マーリンさまと聞こえたような……」


「はい。こちらがセニヨンの町に現れた神の使徒マーリンさまです」


 ぐいっとアウリエルに引っ張られる。僕を抱きしめ、彼女は笑顔でそう断言した。


「…………うそ」


 一拍置いて、王宮内部に割れんばかりの黄色い叫び声が響き渡った。


 先ほど以上に音が大きくてたまらず僕は耳を塞ぐ。


 すっかり忘れていた。なんで僕はもっと早く気付くことができなかったのか。


 狂信者アウリエルの知り合いが、同じでないとなぜ考えなかったのか。


 少し前の自分を殴りたい。いやでも普通は気付かない。


 仲がいいなくらいにしか思っていなかった。そりゃあ仲がいいわけだ……だって教祖と信者みたいな関係だろ?


「な、生マーリンさまだわ! すごいすごい!」


「きゃあああ! マリが倒れた! 鼻血を出してるわ!」


「これは幸せそうな顔ね。まったく気が早い子。まだ顔も見てないっていうのに」


「その辺に転がしておきましょ。邪魔よ」


 メイドたちの団結力がすごい。気絶した他のメイドを通路の隅に運んで転がす。


 一応、その子も貴族の令嬢なのに、鼻血垂らしてぶっ倒れたままでいいのか……?


 恐ろしい貴族社会の一旦を見た気がする。いや貴族は関係ないけど。


「せっかくですしマーリンさまもフードを取っては? どうせ王宮で生活する以上はすぐにバレますよ。早いうちからバラしておけば生活も楽になるかと」


「まさかそのために僕の正体を……?」


 サッ。


 アウリエルが視線を逸らした。


「アウリエル? アウリエル? こっちを見てもう一度同じ台詞を言ってごらん?」


「マーリンさま大好き」


「確信犯!!」


 一瞬でも信じた僕が馬鹿だった!


 でも彼女の言う通り、ここで生活するならいずれバレることではある。


 おっかなびっくり暮らすより、最初からバレてるほうがマシ……なのかな?


 なんだかアウリエルに誘導されているような気がするものの、僕は言われたとおりにフードを外すことにした。


 再び、先ほど以上の叫びが王宮内部に響く——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る