第118話 忘れていた

 王都に到着した。


 道中オークの群れから村を守るというイレギュラーこそあったが、無事アウリエルを無傷で送り届けることに成功した。


 遠目で見える外壁を眺めながらホッと胸を撫で下ろす。


 あとは彼女を王宮へ届ければすべてが終わる。


 僕とアウリエルではもともと住む世界が違う。王都にしばらく留まる予定だが、再び彼女と会えるのはいつになるやら。


 そのことに一抹の寂しさを感じるのだった。




 ▼




 僕たちを乗せた馬車がゆっくりと正門前に並んだ列に合流する。


 王都にはたくさんの人が行き交いする。列はそれなりにはけるまで時間がかかりそうだった。


 もう少しの辛抱かなと思ったらそこで御者の男性にアウリエルが声をかけた。


「あのすみません」


「ん? なんですかな」


「列を外れて横の道から進んでください。わたくしたちは貴族専用の門から入れます」


「え……おお、客さん貴族様だったんですか!? これは失礼を……」


 慌てて御者のおじさんがぺこぺこと頭を下げる。


 アウリエルは手でそれを制した。


「お伝えしなかったのはこちらの責任ですからお気になさらず。厳密には貴族ではありませんから」


「ははぁ……」


 困惑する御者のおじさんは、それでも言われた通りに列を外れて隣の門へ馬車を動かした。


 二名の騎士に門前で止められる。


「こちらは貴族様専用の門です。身分を証明できるものを提示してください」


「こちらでお願いします」


 騎士の男性にアウリエルがなにか小さなものを渡した。


 それを確認した途端、騎士の男性が震える声で言う。


「こ、これは……マグノリア王家の!? し、失礼しました! お通りください!」


「ありがとうございます」


 渡したものを返してもらい門が開く。


 御者のおじさんは半ば思考停止状態に陥っていた。それでも馬車は動く。


 まっすぐに門を抜けて街の中に入る。


「ここが……王都」


 僕もソフィアたちも目を輝かせて周囲を見渡す。


 視線の先には、セニヨンの町が田舎に思えるくらいの人と賑やかな光景が広がっていた。


「す、すごいですよマーリンさま……人が溢れそうなほどいます!」


「そ、そうだねソフィア……僕も目が回りそうだ。入る前から広いことは知っていたけど、それにしたって人の数が尋常じゃない……」


「およそ百万人以上はいますからね」


 幼稚な感想を漏らす僕とソフィアに、アウリエルが補足してくれた。


「百万人以上! はぁ……そこまでいくと想像すらできない」


 まさに前世で言うところの大都会東京って感じだ。


 東京二十三区に比べれば王都の広さは劣るだろうが、だからこそ密集した人の数に驚く。


「とりあえず王宮を目指してください。ここを真っ直ぐです」


 再びアウリエルが御者のおじさんに指示を出す。


「か、畏まりました……!」


 おじさんはとってもとっても緊張してる。


 理由はわかるしちょっと不憫だと思った。


 そういう僕たちは、アウリエル以外が全員平民なわけだけど。


 今さらながら王女様と知り合いっていうのはものすごいことなんだな……最近そのことに麻痺してる自分がいる。




 舗装された道を馬車が進む。


 左右を歩く人並みを眺めながらぐんぐん馬車は正面奥に見える巨大な建造物のもとへ向かっていく。


 あれが王宮かと、もはや言葉すら出なかった。




 ▼




「これはこれはアウリエル殿下。やっとおかえりになりましたか。我々一同みなが心配しておりましたよ」


 王宮の正門の前に到着すると、再びアウリエルは騎士たちに何かを見せる。


 見張りの騎士とは知り合いなのか、彼女が有名なのか、騎士の男性は嬉しそうに笑っていた。


 アウリエルもまた笑みを浮かべて答える。


「ご心配をかけて申し訳ありません。ただそれだけの価値がある日々だったとだけ言っておきましょうか」


「それは……もしや?」


 ちらりと騎士の男性がこちらへ視線を向ける。


 ソフィアたちを一瞥したあとで、最終的にフードを被った怪しい僕に視線が定まる。


 なんだろうと僕は首を傾げるが、男はなにも言わなかった。


 代わりにアウリエルが小さく呟く。


「ふふ……ええ。そのもしやですよ」


「それはそれは……さすがアウリエル殿下でございますね」


 しばらくして騎士の男性が視線を外すと、門が開いて馬車はさらに奥を目指すのだった。





 この時に僕が気付いていたら、この先の展開は少しだけ違っていたのかもしれない。


 後から今日のことを振り返ったらそう思った。


 なぜなら僕は……アウリエルがどういう存在なのか忘れていたのだから。




 ▼




 前庭を越えて馬車が王宮の入り口で止まる。


 ここからは歩いて中に入っていく。


 馬車から降りて忘れ物がないか確認すると、最後に御者のおじいさんにお礼を言って別れた。


 僕たちは固まって玄関扉をくぐる。


 直後、掃除をしていた多くの使用人たちの目に留まった。


 さも当然のようにアウリエルがフードを脱ぐと、使用人たちが一斉に笑みを浮かべる。


 なぜか僕はぞくりと背筋に悪寒が走った。


 理由はわからない。


———————————————————————

あとがき。


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