第117話 王都に到着
「マーリンさま。改めてあの村を助けていただきありがとうございます」
走り出した馬車の中、隣に座ったアウリエルが恭しく頭を下げた。
「いいよ別に。僕が助けたくて助けたわけだし」
「そういうわけにもいきません。王国の王女として、国民を救ってくれた英雄に感謝を告げないのは王族としての恥ですっ」
ぷんぷん、と逆にアウリエルが怒った。
あれ? 感謝されてるはずだったのに怒られてない?
「これはもう、陛下に今回の件を報告して盛大にパレードを行うべきです! 王国民すべてがマーリンさまへ祈りを捧げるべきなんです!」
「おかしいな、感謝されてるはずなのに追い詰められているぞ?」
コイツ、まだ僕を神の使徒にでもしようというのか!? てっきりもう諦めているかと思っていた。
「うふふふ。積極的にマーリンさまを担ぎ上げるような真似はしませんが、あれだけのオークを倒し村を救った英雄に、祈りや感謝を捧げるのは当然ですよねぇ?」
にちゃあ、とアウリエルが邪悪な笑みを作った。
その顔は女人がしたらダメなやつだ。それに、感謝はいいが祈りはいらない。それは過剰すぎる。
「いらないいらない。報告はしょうがないとしても、報酬なんて必要ない。僕はただ彼らを守りたくて戦っただけだ。その気持ちに後悔はない」
「素晴らしいです、マーリンさま! その穢れなき善意こそが神の使徒たる証拠! マーリンさまはどこまでわたくしの心を掴むおつもりですか!? もう辛抱たまらん!」
瞳にハートマークを浮かべてアウリエルが暴走を始める。
はぁはぁと荒い息をもらしながら僕のそばに寄るが、その端正な顔に手を当てて無理やり押し出す。
「暑苦しいから離れてくれ。あんまりしつこいと王様にその変態性を報告しなきゃいけなくなる」
「え? お父様はわたくしのこの性格を知っていますよ?」
「え?」
さも当然のようにすごい発言が出てきた。
さすがに動揺する。動揺したまま正面の騎士ふたりへ視線を流す。
すると二人は、僕の視線を受けてこくりと同時に頷いた。
どうやらマジらしい。
知った上で放置してるのか、最近知ったのか、それとも止められなかったのか。
個人的には一番最後っぽい気がする。
大変だね……国王陛下も。身内に変態がいると。
「あの……マーリンさま? なんだか急に優しい目を浮かべていますが、どうしてかわたくしはぜんぜん嬉しくありません。不思議と憐れみすら感じるんですが……」
「哀れんでいるからね」
君の父親を。
「どうしてですか! わたくしはただ、マーリンさまとのあいだに御子を! 次の国王を作りたいだけなのに!」
「えぇ……第四王女の子供が次期国王になるの? おかしくない?」
そういうのって普通、第一王子か第一王女の役目じゃないの?
他の人に聞かれたら怒られるよ、たぶん。
「おかしくありません。神のごときマーリンさまの血を受け継いだ子こそが、世界を平和に導くとわたくしは信じています! そして最初にその救世主を産むのがわたくしです!」
「ソフィア、いまどの辺りだっけ」
「無視しないでください!」
ぐいっ!!
逸らした首を無理やりアウリエルの正面に戻される。
「ぐえっ!? い、痛い……」
「わたくしの話を聞いてください、マーリンさま」
「聞いてる聞いてる。超聞いてる」
「わたくしは決してマーリンさまを独占するつもりはありません。マーリンさまほど素敵な人なら、たくさんの側室を持つのが常識です。わたくしは皆さんと分かち合うつもりです」
「僕の気持ちは?」
「ですから、マーリンさまにはしっかりと自由があり、マーリンさまを縛れる存在はいないのです。仕事もわたくしが行いますし、マーリンさまはただ存在してくれるだけで構いません!」
「アウリエルさん? 聞いてる?」
「それでも時々でいいので、わたくしのことを労ってさえくれれば……」
「アウリエル!? 聞いて!? 僕の話を聞いて!?」
彼女の肩をぐらんぐらんと揺さぶって訴えかける。
アウリエルのスルースキルは一級だ。護衛の騎士たちも目を逸らしてなにも言わない。
ソフィアたちも、「ああいつものやつね」みたいな感じで構ってくれないし、馬車の中、ひたすら僕はアウリエルの暴走を止める係になっていた……。
▼
紆余曲折あって三日。
ようやく僕たちは王都へ到着する。
セニヨンとは比べ物にならないほどデカい外壁を見て、荷台の中から感嘆の声をあげた。
「おおぉ……! あれが王都か」
「はい。ようこそマーリンさま。わたくしの住む街へ」
遠目に見える景色だけでも息を呑む。
道中、簡単にだがアウリエルに王都の観光スポットの説明をしてもらった。
行きたいところが多すぎて、いまにも胸がウキウキする。
ソフィアたちもまた、僕と同じように荷台から顔を出して王都の街並みを眺めた。
恐らくみんな、考えていることは同じだろう。
これから楽しいことが待っている。そんな何の根拠もない予感を感じていた。
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