第110話 母親に挨拶

 アウリエルの護衛のついでに、僕は旅をすることに決めた。


 その旅の同行者として、まずは宿屋の娘であり、最初に僕が体を重ねた少女——カメリアを誘った。


 彼女は町の宿屋の娘だ。母親と一緒に店を盛り上げる以上、最初から断られること前提に話を進めた。


 すると、カメリアは僕の想像をいい意味で裏切った。


 OKを出したのだ。一緒に旅をしてもいいと、最初からついて来る気まんまんだと、嬉しいことを言ってくれる。


 母親には相談していたことだと言ってくれたが、それをそのまま呑み込むわけにはいかない。


 ひとり娘を預かる以上、僕だってそれなりに誠意を見せる。


 どういうことかと言うと……僕は、一晩休んでから早朝、カメリアの母親と会うことに決めた。


 仕事があるから時間は取らせない。最低限の時間を使って彼女の母親に土下座をする。そして、頼み込むのだ。


 娘さんを僕にください、と。




 ……あれ? プロポーズ?


 あくまで旅の仲間としての挨拶だが、あながちプロポーズも間違っていない。


 なぜなら僕は、カメリアを本気で愛している。ゆえに、それを含めての挨拶になりそうだった。




 ▼




「マーリンさん、本当にお母さんに挨拶するの? 別に必要ないと私は思うけどな……」


 カメリアとお互いの気持ちを通じ合わせた翌日の早朝。


 僕と彼女は、一緒に部屋から出て一階へとやってくる。


 この時間、彼女の母親はキッチンで朝食の準備をしている。その時間なら他に客はいないし、めったに客はこない。


 だから話すにはもってこいの時間だよ、とカメリアが教えてくれた。


 ごくりと生唾を呑み込んで僕は食堂の中へと入る。


「ダメだよ、カメリア。大事な大事なひとり娘を預かるんだ、預かる側としての誠意を見せないと親御さんも心配するだろ?」


「うーん……お母さんがそんなに心配するかなぁ」


 僕の返事にカメリアは首を傾げる。


 え? そんな感じの人なの? カメリアのお母さんだからわりと怖い人を想像していた。


 ガミガミと怒る系じゃなくて、たんたんと正論をぶつけてくるタイプね。


「ま、いいや。マーリンさんがそんなに挨拶したいなら、私がお母さんを呼んでくるね。少しだけ待ってて!」


 そう言うとカメリアはキッチンの奥へと向かった。


 彼女の姿が消えると、いよいよ僕は孤独になる。


 ドキドキする気持ちを必死に抑えながら、今か今かと彼女の母親の到着を待つ。


 すると、ほんの一分もしない内にカメリアが帰ってきた。


 そばには、彼女によく似た……よく似てる? 女性がいた。


 カメリアと同じ髪色の、カメリアと同じ瞳の色の、しかしカメリアよりだいぶ恰幅のいい女性だ。


 エプロンを付けた彼女の母親と思われる女性が、両腕を組んで僕を捉える。


「なんだい、あんたか。カメリアが話があるってことなんだけど、なにかな?」


 妙にオーラがある。


 何度か姿を見かけたことがあったと思うが、いつもちらっとしか見えていなかった。


 実際に目の前にすると、女将って感じの女性でちょっとビビる。


 けど、貴重な時間をもらっているのだ。怖気づく必要はない。


 ごくりと生唾を飲み込み、僕は汗でにじむ手のひらを握りしめて答えた。


「お、おはようございます! 今日はカメリアのお母様に伝えたいことがありまして……」


「伝えたいこと?」


「はい。この度、私はとある依頼で王都まで行きます。そこから王都を観光し、さまざまな場所に行ってみたいと思っています。もしかすると活動拠点も王都に移す可能性があります」


「はーん。そういやあんたは冒険者だったね。その面で冒険者が務まるのか怪しいが、娘曰く、相当な猛者だそうだね」


 ふふん、となぜか母親の隣で胸を張るカメリア。


 いろいろ突っ込みたいのは山々だが、いまはそれどころじゃない。


 言葉を喉元で止めてから、異なる返事を返す。


「まあ、ほどほどには」


「それで? あんたがいなくなるのは寂しいけど、それがカメリアとどういう繋がりが?」


「実は……私はカメリアさんを愛しています。結婚も視野に入れてお付き合いさせてもらっています」


「結婚!」


 カメリアさん静かにしててください。


「なので、僕の旅に彼女も同行させてほしいんです。危険な道のりになるとは思いますが、それでも、何卒! 許可をお願いします!」


 精一杯の誠意と感情を込めて頭を下げる。


 頭を下げてから十秒以上もの時間が経過した。まだ答えはくれないのか? と思いながらも僕は頭を上げなかった。


 すると、三十秒ほどで返事が帰ってくる。




「……そうかい。いいんじゃないか? 可愛い娘にも旅をさせろって言うしね」


 孫じゃありませんでしたっけ、それ。


 ——とは言うまい。意外ほどあっさりとOKが出てびっくりしているが、許可をもらえるなら嬉しいかぎりだ。


 僕が頭を上げると、女将さんはにやりと笑った。


「だが! しっかりカメリアを守ってくれよ? いくらこの子があんたにベタ惚れって言っても、大事な娘が傷つくのは嫌だからね」


「はい! 必ず無事に戻ってきます。この命に懸けても」


「ふっ。いい返事じゃないか。ならさっさと席に着きな。朝食、食べていくんだろ?」


 踵を返してキッチンへ戻っていく女将さん。


 寂しいだろうにそれを感じさせない偉大な背中を見た。


 僕はハッキリと告げる。




「いただきます!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る