第109話 幸せの形
アウリエルの護衛を引き受けた僕は、明日にでも彼女と一緒に王都へ向かわなきゃいけなくなった。
その上で、ずっとずっと悩み続けた答えを、前日になってようやく口にすることができた。
部屋を訪れたカメリアに、迷惑を承知を告げる。
「だから……こんなこと本当は言いたくないけど、カメリアにはお願いがあるんだ。僕と……僕と一緒に————旅をしてほしい!」
静寂を切り裂き、僕の言葉が部屋中に響いた。
五秒、十秒と静かな時が流れる。
バクバクと心臓が早鐘を打ち、おそるおそる目の前の彼女を見ると、
「~~~~~~!」
カメリアの顔は真っ赤になっていた。
それは羞恥の感情だけではない。恥ずかしいを通りすぎるほどの……ハッキリとした好意が見える。
嬉しい、という感情にほかならなかった。
「わ、私が、マーリンさんの旅に同行してもいいの? 私は冒険者じゃないし、やれることも料理を作ることだけ。まったく、ぜんぜん、これっぽっちも戦力にならないよ?」
「カメリアに何かを求めて誘ってるわけじゃない。こんなギリギリになって無理を言ってるのは解ってる。それでも僕が、どうして君と一緒にいたいと思った。だから、カメリアに一緒に来てほしい」
真剣に、包み隠すことなく彼女に自分の気持ちを伝えた。
恥ずかしくていまにも死にそうなほど苦しいが、不思議と内面を吐き出したあとはスッキリした。
わずかにカメリアが思考を巡らせる。赤い顔がさらに赤みを増していき、小刻みに震える右手をゆっくりとこちらへ差し出す。
ぴたりと、彼女の手が僕の腕に触れる。
「わ、私は……マーリンさんが大好きです。愛していますっ。たとえ一夜の過ちだったとしても、マーリンさんに愛されていなかったとしても、私はそれでよかった。そばにいられれば、マーリンさんの記憶にかすかにでも私という存在が残っていれば……それで十分だと思っていました」
ぎゅうっとカメリアの手に力が入る。僕の腕を握りしめ、うるうると瞳を濡らす。
大粒の雫がぽたり、ぽたりと布団の上に落ちた。涙はシーツに染みを作るが、僕は構わずもう片方の手を彼女の頭に伸ばす。
小さく、華奢で、壊れてしまいそうなほど脆い彼女の頭を撫でる。さらさらの髪が手に付いて心地よかった。
「けど……けど、違いましたね。幸福とは、女の幸せとは……もっともっとありました。マーリンさんに本当は愛されたくて、そばに居てほしいと言われたくて……私は、ずっとずっと……」
「うん。うん。解ってる。カメリアの想いは、たしかに僕の心に届いた。その上で……僕も愛してるよ、カメリア」
撫でていた頭から、手を後頭部に添えた。ぐいっと彼女の体を引き寄せ、涙を流すカメリアを抱きしめる。
そこで彼女の涙腺は崩壊した。
嗚咽とたくさんの涙が零れる。それを僕は黙って受け止めた。
きっとカメリアには、カメリアなりの不安があった。僕のそばには何人もの女性がいて、彼女にはなにもない。
共通点はただひとつ。僕がこの宿に泊まっているということだけ。
それが、劣等感に変わって彼女を苦しめたのかもしれない。
僕が、彼女に想いをぶつけようとしなかったばかりに招いた結果だ。
反省しないといけないな。
自分の想いは、恋愛とは、双方が気持ちを言葉にすることで初めて通じ合う。
無言の愛などありえない。特に、まだ出会って日が浅い僕たちには。
「よしよし……いまは僕が胸を貸すから、たくさん泣くといいよ。泣いて、泣いて、答えを出してくれ」
ポンポン、とカメリアの背中を叩き、泣きじゃくる彼女をあやす。
薄暗い部屋の中、僕たちはひたすら互いの気持ちを伝え合った。
彼女の涙が切れるまで。
▼
どれだけの時間が経ったのか。
時計を確認していなかったから解らないが、おそらく一時間から三十分ほど。
ようやくカメリアの涙も止まり、目元を真っ赤にした彼女が顔を上げる。
至近距離で互いの視線が重なる。どちらからともなくキスをして、僕はくすりと笑った。
「ふふ。もういいの、カメリア。疲れてない?」
「お、お恥ずかしいところを見せました……まるで子供のようにマーリンさんの前で泣くなんて……」
「カメリアはまだ若いんだからいいじゃん。僕が泣きじゃくるのに比べたらマシだよ。それに、可愛かった」
さらりと彼女の髪を撫でる。
カメリアの顔が真っ赤になった。
「か、可愛くありません! マーリンさんのほうが可愛いと思います! 私はマーリンさんが泣いても引きませんし、むしろ嬉しいくらいです!」
「なんでさ」
ちょっと意味わからないよ。
保護欲でもそそられるの?
「……まあいいや。それより、カメリアは旅に行くのは大丈夫そう? 前日になっちゃうけど」
「平気ですよ。実は、マーリンさんがこの街を出ると聞いていたので、こっそり準備はしてました!」
「いつの間に……」
どうやら最初から僕についてくる気まんまんだったらしい。こんなに嬉しい報告はない。
「だから安心してください。私は、ずっとマーリンさんのおそばにいますよ」
にこり、と輝かんばかりの笑顔を見せる。
つられて、僕も彼女のように笑った。
ああ……僕はいま、幸せを噛み締めている。それがハッキリとわかった。
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