第107話 マズい

 ジー、っと僕に全員の視線が注がれる。


 ギルドマスターも、アウリエルもノイズも、ソフィアやエアリーでさえ僕の答えを待っていた。


 自分たちが手も足も出なかった、その上、2級危険種すらも従えていた魔族を倒した僕のレベルが気になるのだろう。


 さすがに「レベル1万です!」と言うわけにはいかなかったので、嫌な汗が出る。


 バクバクと痛いくらいに心臓が鼓動を打ち、答えに詰まった僕は彼女たちを見つめ返すことしかできなかった。


「えっと……その……」


 レベル500というのが前の回答だ。しかし、いまさらそれが通用するとは思っていない。少なく見積もっても、彼女たちは僕のレベルを500以上だと考えている。


 ここで素直に魔族のレベルを知らない彼女たちにウソをつければいいんだが、それすら戸惑って、なかなか言葉が出なかった。


「…………まあ、いいでしょう。マーリンさまがレベル1000であろうと800であろうと関係ありません。わたくし達を救ってくれた英雄だと解っていれば十分です」


 パチン、とアウリエルが手を叩き、張り詰めていた空気が弛緩する。


 全員の視線が逸れた。


 アウリエルのほうへ向き、彼女は続ける。


「それとも皆さまはまだ気になりますか? どうぞ、マーリンさまに訊ねてください。わたくしはそこまで気になりませんので」


 ふふ、笑ってアウリエルがそう言うと、他のメンバーも頷いて答えた。


「気にならない、と言えば嘘になりますが、無理やり聞きだそうとは思いません。マーリンさまは私の命の恩人です。二度も救われたこの命、決して無礼な真似などできませんとも!」


 最初にエアリーが。


 続けて、ノイズ、ソフィア、ギルドマスターも順番に答える。


「ノイズももう訊きません! ノイズはただ、マーリンさんがいてくれればいいのです!」


「わ、私も……マーリンさまが嫌なら聞くのはどうかと。ご、ごめんなさい!」


「聞きたいわ。……でも、アウリエルが怖いから止めておく。それに、マーリンくんにはお世話になってるからね。レベルを訊ねるのは、本来はあまり褒められた行為でもないし」


 最後に口を開いたギルドマスターは、じろりとアウリエルに睨まれて視線を逸らす。


 この中では僕との関わりが一番薄いからね。気持ちはよく解る。


 けど、全員が僕を単なるいち個人として受け入れてくれたことに感動した。


 思わず泣きそうになるが、我慢してお礼を言う。


「みんな……ありがとう。いつか、みんなに言える日がくることを願ってる」


 僕に秘密があることは全員が知っていた。だからこそ、僕はそれとなく秘密があることを伝えておく。


 それが僕にとってはとても重い話であることも。


 正直、いまでも明かせそうな空気ではあるが、彼女たちの想いを尊重する。それに、仮にここで絆が破綻でもしたら、僕はきっと耐えられない。


 申し訳なさと言いたい気持ちに挟まれて、なんとも微妙な表情を浮かべた。


 すると隣に座ったアウリエルがくすくすと笑みをこぼす。


「気にしないでください、マーリンさま。どれほどの仲になろうと、人の全てを知ろうとするのは傲慢です。人は一線を引いて付き合うくらいがちょうどいいんですよ。互いに互いに尊重するからこそ、付き合いという関係は生まれるのです」


「だったら、アウリエルはもう少しマーリンくんに手加減してあげなさい。あなた怖いのよ、いつも。きっとマーリンくんだって困ってるわよ」


「なにか言いましたか、ヴィヴィアン。わたくしには、さっさと国へ連れ戻せ、と聞こえましたが」


「こ、このっ……!」


 ぷるぷると肩を震わせてギルドマスターがアウリエルを睨む。


 ややしんみりとした空気は、二人のおかげで霧散した。話は明るい方向へと流れていく。


「とまあ、ヴィヴィアンのことは置いといて。それより先に話すべきことがあります」


「話すべきこと? なんですか、それは」


 ノイズが首を傾げる。他の二人、ソフィアとエアリーも同じく頭上に疑問符を浮かべていた。


「とても……とても大事なことですよ、ノイズさん。ええ、それはもう大事な……」


 一拍置いて、アウリエルは神妙な面持ちで告げた。


「わたくしを早く王都へ届けないといけない、という深刻な問題が!」


「自分で届けるって言っちゃったよ」


 思わず僕は突っ込む。それでいいのか王女様。


「まずいのです! 早くしないとお父様がげきおこです! すでに怒ってるらしいので、早く帰らないとわたくしが説教されます!」


「もう遅いわよ」


 くだらない、と言わんばかりにヴィヴィアンさんが突っ込む。しかし、構わずアウリエルは席を立って叫んだ。


「とにかく! 明日の早朝には街を出ましょう! 準備は問題ありませんか、マーリンさま」


「僕は平気だけど……アウリエルは大丈夫なの? 魔族に襲われて疲れてるんじゃ……」


「たしかに疲労はありますが、どうせ移動は馬車ですので。それに、魔族に襲われた件と行き違いでお父様から手紙が送られてて……結構深刻です。甘くみてました」


「あはは……ご愁傷様」


 前は「余裕!」みたいなこと言ってたが、実際にはかなりまずいことになってる。


 手紙が行き違いになったとも言ってたし、これで娘が魔族に殺されかけたことを知ったら……ぶるるっ。なぜか僕まで震えてきた。




「そういうわけで、明日にでもセニヨンの街を立ちます! いざ、————王都へ!」


 びしりと天井を指差し、大きな声でアウリエルが叫ぶ。


 どうやら、楽しい楽しい旅になりそうだ。

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