第97話 大蛇あらわる

 王国の第四王女アウリエルは、何者かに狙われている。


 それも、かつて戦った2級危険主のアラクネと肩を並べる強敵、ワイバーンすらも使役するほどの人物に、だ。


 そのことを考慮して、僕たちは彼女をすぐにでも王都に送るべきだと判断した。




 予定が終わるなり即時帰還。


 そう結論を出し、翌日。


 今日が終われば、明日にでもこの街を離れる。異世界に転生して初めての旅だ。僕はアウリエルと共に王都へ向かう。


 名目上は彼女の護衛だが、それでも王都に行けるのは楽しみだった。




「——だというのに、これはどういうことかな?」


 目の前の女性たちに僕は問いかけた。


 アウリエルとノイズ、ソフィアにエアリーが同時にこちらへ向いた。


「どういうこと、と言うと?」


 真っ先にアウリエルが首を傾げる。


 現在、僕らは街の外にいた。アウリエルが命を狙われているので、あまり外には出たくなかったが、曰く、「どこにいても襲撃されるなら、外でも中でも変わりませんよ」とのこと。


 おまけに、「街中で襲撃されると他の人に迷惑がかかるので外に出ました」と言われたら、冒険者として依頼にやってきた彼女たちを責めることもできず、もやもやっとした気持ちを抱く。


「いや、なんでもない……解ってはいるんだ。アウリエルの気持ちは」


 彼女が有名な王女様であることはもうみんな知っている。


 だから普通に彼女の名前を呼ぶと、アウリエルはにこりと笑った。


「ふふ、たしかに外は外で危険ですが、わたくしにはマーリンさまがいます。なにも怖くはありませんよ」


「いやいや……僕だって万能じゃない。アウリエルの護衛が常にできるわけじゃないんだ、気をつけてくれ」


「その時は彼らもいます」


 アウリエルが言ったのは、自分が連れてきた護衛の騎士たち。


 実に頼りになる人たちだが、僕が言いたいのはそういうことじゃない。


 まあいいけど。


 本人が一番よく解ってるだろうからね。これ以上は蛇足か。


「優秀な騎士たちなのでご心配なさらず。こういう機会は滅多にないので楽しみましょう。いつまでも暗い気持ちを引きずると、人生損しますよ」


「王族とは思えない言葉だ。前向きだね」


「それがわたくしの取り柄です!」


 なんだかね。彼女を見てると、不思議となんとかなるって気持ちになる。


 油断は大敵だが、たしかに楽しむのは大事だ。


 ここには僕以外にもたくさんの冒険者がいるし、いざって時は彼女たちがアウリエルを守ってくれるだろう。


 そのことに遅れて胸を撫で下ろし、僕もまた薬草採取を行った。


 今日の薬草採取は、明日、教会へ届けるためのものだ。


 教会は街の住民たちの怪我や病気を治す病院の役割も担っている。


 専門の医師に比べると技術や知識は劣るが、薬草学くらいなら問題ないらしい。


 王都くらいの都会になると多くの医者もいるが、セニヨンの街くらい小さな場所だと、あまり医者はいないらしい。


 だから教会こそが人々の安息の地なのだ。


 そういうわけで、事実上のトップみたいなアウリエルは、教会に薬草を寄付するために町の外へやってきた。




 今回、一番頼りになるのは、やっぱりスキルを持ったソフィアだ。


 だれよりもやる気を見せて大量の薬草を摘んでいる。


「結構量も増えてきましたね。そろそろ十分なのでは?」


 自分の持つ籐かごいっぱいに詰められた薬草を見て、ソフィアがそう言った。


「そうですね。あまり熱中しては夜になりますし、そろそろ町に帰りましょう」


 アウリエルが外套を翻して答える。今回は、冒険者ギルドに換金しに行かない。


 個人的な依頼なので、報酬はアウリエル自身がソフィアたちに払う。


 王女だからお金はたんまり持ってるそうだ。


「では、散らばらないように集まってから——」


「マーリンさん!」


「ノイズ?」


 アウリエルの言葉を遮って、ノイズが大きな声を上げた。


 ぴこぴこと彼女の耳や尻尾がかすかに震える。


「敵です。結構大きいですよ」


「嫌なタイミングだね……しょうがない。全員、戦闘態勢。せっかくだし、倒してお金にしようか」


「了解ですっ」


 特にやる気まんまんなノイズが、ガチン、とナックルを打ち付けて獰猛な表情を作る。


 僕はソフィアを守るように前へ出て、アウリエルを挟むようにエアリーが一番後ろへと並んだ。


 すると、そのタイミングで、茂みの置くから一匹のモンスターが飛び出してくる。


 ノイズが言ったようにとてつもなく巨大な————蛇だった。


「コイツは……『ラハム』!」


「ラハム?」


「アラクネより下のモンスターです。マーリンさまがいれば余裕で勝てますが、ノイズに任せてください!」


「アラクネ以下か……気をつけてね、ノイズ」


「はい! ————〝獣化〟!」


 ノイズが早速、奥の手を出して一匹の獣と化す。


 最初から全力で戦わないといけないほどの強敵ではあるんだね。


 万が一のことを考えて、いつでもサポートできるように準備する。

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