第96話 結婚しましょう、そうしよう

 モンスターに襲われ、今度は人間に殺されかけたアウリエル。


 彼女は僕に抱きしめられただけで、それらの記憶を飛ばして発情する。


 ステータスが彼女より圧倒的に高かったおかげで事なきを得たが……低かった場合のことを想像すると、背筋にひんやりとした感覚が巡った。


 ぶるりと体を震わせると、そばにいた騎士が首を傾げる。


「どうかしましたか?」


「ああ、いえ、なんでも。それより捕まえた黒づくめの連中から情報を搾り取ってもらえると助かります」


 現在、僕とアウリエルは、救援に駆けつけてくれた騎士たちと一緒にいる。


 アウリエルを襲った犯罪者たちは逃げ、集まった騎士たちに事情聴取をされているところだった。


「もちろんです。なにか進展がありましたらそちらに連絡を入れますね。たしか住んでいるのは……」


 ポツポツと互いに情報を交換する。


 まあ主に僕が一方的に話すことしかないんだが、それでも彼らに協力してもらえるのは助かる。


 僕がいくら強いと言っても、それは戦闘能力の高さを意味するだけだ。


 いわゆる尋問やら拷問は専門外。見てるだけで痛すぎて、できるわけがなかった。




 しばらく騎士の男性に先ほどのことを話し終えると、せっかくだから護衛でも派遣しようかと相談された。


 しかし、アウリエルが、


「ありがとうございます。ですが遠慮しますね。わたくしには世界最強の護衛が付いていますので」


 と自信満々にいったことで却下された。


 まあ、僕に加えて二名もすでに護衛がいるからね。


 特に僕も口を挟むことなく、騎士たちと別れる。


 今度こそ泊まっている宿に向かうと、その道中、ようやく冷静になったアウリエルがぺこりと僕に頭を下げて謝罪した。




 ▼




「ごめんなさい、マーリンさま」


 歩きながら僕はくすりと笑う。


「さっきの押し倒した件のことかな」


「はい。わたくしとした事が、あんな状況にも関わらずハレンチな真似を……マーリンさまがあまりにも尊く、美しく、愛らしく、素晴らしく、いやらしかったもので……」


「実は反省してないね、君」


 百歩譲って前半の言葉は許すけど、後半の〝いやらしい〟はやめてほしい。


 僕はなに一つとしていやらしい真似などしていない。


「いいえ! 心に自らの不徳を刻みました! 今後は、しっかりと人目のない場所で襲います!」


「どうやら僕には護衛の任務は難しいようだ。また機会があったら誘ってね」


 手を振って別れる。


 ガシッとローブを掴まれた。


 逃げるのに失敗する。


「同じ宿に泊まっているのに、どうして離れていくんですか? それに酷いです。一生守ってくれるって約束したのに」


「してないよ」


「これでは王女、悲しくて不敬罪です」


「横暴だ」


 僕は神のような存在なんだろ。


 仲良くなったことで遠慮がなくなっているような気がする。


「横暴ではありません。マーリンさまが約束を破ろうとするからですっ」


「君が僕を襲うとするからじゃない?」


「マーリンさまを襲ってはいけない、とは約束してませんよ?」


「常識的に考えて人を襲うのは犯罪なんだよ、アウリエル」


「……では結婚しましょう」


「重いよ」


 なにその急展開。


 宇宙空間から地面にめり込むくらいの落下に困惑を隠せない。


 当然、僕の答えは決まっていた。


「重すぎる。それに、王族と結婚するのは無理。僕にとって自由がなくなるし、メリットがないじゃないか」


「結婚は損得の問題ではありません! 愛が大事なんです!」


「僕たちそんな関係じゃありません」


 それこそ愛の問題で却下だ。


「というか、そんなことより、今はもっと考えなくちゃいけないことがあるだろ」


「わたくしたちの愛以上のことなど——」


「あります。アウリエルの命を狙ってるのは誰だろう、とかね」


 犯人がわかれば事件は解決する。


 逆にわからないとまた襲われる危険性が高いのだ。


 僕が永遠に守り続けることは不可能。もしかすると油断して、彼女が命を落とすかもしれない。


 だから彼女に訊ねた。


「心当たりくらいはないの? 犯人に」


「生憎と、第四王女であるわたくしを殺したい者は多いでしょう。立場上、微妙なところにわたくしはいますから」


「王族間のゴタゴタ的な?」


「ええ。それに付随する貴族の恨みとか、ですね」


「それは根が深いね」


 そこまで行くと、彼女のことをよく知らない僕には、犯人を特定することはできない。


 やはり彼女を早々に王都へ帰したほうがいいのでは?


「仕方ない。予定を繰り上げてでも早く王都に帰ろうか。教会での用事はどれくらいで終わるの?」


 彼女はもともと、ヴィヴィアンや僕に会いにきただけじゃない。信者としての仕事? もあるらしい。


 内容はよくわからないが、この街で炊き出しを行ったり、祈りを捧げたり、聖職者たちといろいろ仕事をしないといけないとか。


 その用事が終わればすぐにでも王都に帰れる。


「そうですね……明後日には帰れるかと。明日は休みですが、明後日に少しだけやらなきゃいけないことがありますので」


「なら明後日には帰ろう。僕がついていくから」


「解りました。道中、よろしくお願いしますね、マーリンさま」


 最後にそう笑って、彼女がローブから手を離す。




 僕と彼女は再び歩き出すと、まっすぐに宿まで向かった。


 それまでの間に、何事もないといいが……。

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