第95話 どすけべ王女

 アウリエルと一緒に教会へ行ったその日。


 僕とアウリエルの前に、人通りであるにも関わらず、全身黒づくめの怪しい集団が姿を見せた。


 彼らの目的は、僕の隣に並ぶアウリエルだと解る。


 手にした煙玉を地面に打ち付けると、周囲の様子が窺えないほどの煙に囲まれた。


「煙幕……そこまでしてアウリエルを殺したいのか」


 恐らくこの煙幕に紛れて、アウリエルだけを狙うつもりだろう。


 僕ごと殺すっていう線もあるにはあるが、余計な時間をかけていると見回りの騎士たちがやってくる。


 それを警戒するなら、狙うのはアウリエルただひとり。そのほうが、圧倒的に早く逃げられる。


 そう思った時には、アウリエルのそばにわずかな人影が見えた。


 ここは天井のない野外。


 陽光の光が近距離であれば人影を映し出す。というより、ほとんどゼロ距離まで近付けばさすがに判る。


 アウリエルに向かって刃物が振るわれた。迷いのない一撃だ。


 アウリエルもその攻撃に気付くが、その頃にはすでに、刃が防御も回避もできない位置にあった。


 必中だ。




 ——あくまで僕がいなかったらの話だが。


「やらせないよ」


 振るわれた黒づくめの腕を掴む。


 ナイフは、アウリエルの首元から数センチ前で止まった。


 必死に黒づくめは腕を動かそうとするが、筋力ステータスは僕のほうが上。


 残念ながらぴくりとも動かない。


「で、次は後ろね」


 目の前の黒づくめの腕をへし折る。短い悲鳴が聞こえた。


 直後、僕は左足を軸に、右足でアウリエルの背後から襲いかかろうとした、もうひとりの黒づくめを蹴り飛ばす。


 煙で様子は見えないが、蹴り飛ばしたあとですごい音が聞こえたから、間違いなく壁にでもぶつかって意識を失っただろう。


 相当強い力で蹴ったからね。


「ま、マーリンさま」


「大丈夫。アウリエルはそのまま大人しくしてて。僕はこの煙の中でも問題なく行動できるから」


 彼女を引き寄せ抱きしめると、今度は彼女の背後から剣を持った黒づくめが現れる。


 しかし、すでに僕の準備はできていた。再び右足から繰り出される蹴りが直撃。鈍い音を立ててどこかへ吹き飛んでいく。


 三度も敵の攻撃を防ぎ撃退すると、煙の中に潜む黒づくめたちのあいだに緊張感が走る。


 少しだけ動きが止まった。


 無理もない。視界を妨害してるのにそれを無視して防御、反撃されるのだ。実は見えているのでは? と怖くなる。




 けどその通りである。


 僕には彼らの動きも位置もすべて視えている。


 これはかつて、アラクネ討伐戦に参加した際に習得しておいたスキルだ。


 〝索敵〟。


 読んで字のごとく。


 周りの生き物の位置を知覚できる能力で、近距離だとある程度の動きまで完全に捉えることができる。


 煙があろうとなかろうと関係ない。


 だが、アウリエルが不安だろうから、彼女を抱きしめたまま跳躍する。


 煙が届かない建物の上へ逃げると、同時に、煙の中から撤退する黒づくめたちの姿が見えた。


「不利だと判るとすぐに撤退する、か。いい判断だね。こういう仕事に慣れているのかな?」


 下手に追ったりはしない。


 どうせ連中を全滅させても無駄だろう。連中にアウリエルを殺すように命令した主犯格を掴まえないかぎり、彼女の平穏が戻ることはない。


 情報は、倒した数名の黒づくめから聞けばいいし。


「もう終わったよ、アウリエル。ごめんね、少しだけ乱暴にして」


 彼女の拘束を解くと、アウリエルは俯いたままぷるぷると震えていた。


 もしかして少しだけ怖かったのかな? そう思って彼女の肩に触れると、


「ま、マーリンさまああああぁぁ————!!」


「うわぁっ!?」


 突然、大きな声を上げた彼女に押し倒された。急だったので踏ん張ることを忘れて屋根上に倒れる。


 馬乗りになったアウリエルの表情には、恍惚の色が滲んでいた。


「あ、アウリエル? いきなり何をする……って、ええええぇぇぇ————!?」


 ぐいぐいっと僕の言葉を無視して服を脱がせようとしてくるアウリエル。


 必死に抵抗しながら彼女に再度問いかける。


「あ、アウリエル!? アウリエル王女殿下!? なんで僕の服を脱がそうとしてくるんだい!?」


「マーリンさまがいきなりわたくしのことを抱きしめるから、発情……ではなく興奮してしまいました! 責任を取ってください!」


「君を助けるためにしたのはわかってるよね!? 今しがた殺されかけたところだよ!? っていうか、発情も興奮も意味変わらないよね!?」


 な、なんだこのスケベ王女。


 やたら力が強い。わりとレベルが高いじゃないか。でもさすがに僕のほうが強い。


 問題なく彼女の暴走を抑え、逆に組み敷くことに成功した。


「やれやれ……敵より厄介じゃないか、王女様」


 アウリエルを動けないように押さえつけながら眼下を見下ろす。


 煙は徐々に晴れていき、遠くから騎士たちが数名、こちらにやってきていた。


 どうやら問題なく事件は解決しそうだ。そのことにホッと胸を撫で下ろしながら、組み敷いた王女殿下を見つめる。


 彼女の目には、未だに不吉なハートマークが残っていた。


———————————————————————

あとがき。


昨日と同じく!

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