第94話 人の話は聞きましょう

 アウリエルの案内で、教会の奥にある部屋へとやってきた。


 ここまで来ると、他の聖職者たちの目はない。


 ホッと胸を撫で下ろして席に座る。


「ふう……なんだか奇妙な場所にでも足を踏み入れた気分だよ」


「そんなことありませんよ。彼ら彼女らの信仰心は本物です。本物だからこそ、マーリンさまにあそこまで過剰な反応を示したのです」


 隣に座ったアウリエルが、にこやかな笑みを作ってそう言った。


 対面にも席はあるっていうのに、どうしてわざわざ僕の隣に座るんだか……。


「さすがに過剰すぎると思うけどね。いつもあんな感じなの?」


「そうですね……今回はマーリンさまがいたから、特に気分が高揚したのかと。普段はもう少しまともで落ち着いていますよ」


 落ち着いてなくてまともじゃないとは思ってたんだ。


 アウリエルに人並みの感性があってよかった。




 ……いや待て。むしろ人並みの感性がある上でそれを受け入れる器量の広さは、場合によってはマイナスなのでは?


 そもそもアウリエルは、セニヨンの街には何度も足を運んでいると言ってた。


 彼ら彼女らに、アウリエルの影響が出ていないとなぜ考えない?


 あれだけの狂信者っぷりだ。そのほうがむしろ納得でき——。


「マーリンさま?」


「びくううううぅぅ————ん!!」


 突然、声をかけられて肩が震える。心臓が跳ねて痛い。


「な、なにかな?」


「いえ……なんだか深刻そうな顔で考え事をしていたようなので。もしかしてワタクシのことですか?」


 クッ! 鋭い。


 開かれた瞳の中に、「もしかしてワタクシの悪口? そんなことありませんよね?」みたいなヤバめの感情が見えるような気がする。


 ここは白を切るべきだと即行で判断した。


「いやいや、違うよ! 教会なんて初めてきたから、少しだけ緊張してるんだ。ちょっと落ち着かないね」


「まあまあまあ! 教会はマーリンさまの家のような場所ですよ」


 違います。


「マーリンさまにとって、ここが一番の安息の地であるというのに、落ち着かないとは……これはお金を握らせて、建て替える必要がありますね」


「そこまでしなくていいから! すぐに慣れると思うから!!」


 僕のためにそこまでしないで! 一を言ったらすーぐ百にしようとするんだから、この子は。


 慌ててアウリエルを止める。


 するとそのタイミングで、部屋の扉がノックされた。


 アウリエルが代表して返事を返すと、なんと気絶していたライラさんが戻ってきた。


 いっそ聖母みたいな清々しい表情と鼻血を流したまま、彼女は両目を閉じた状態で前方の席に座る。


「先ほどはお見苦しいところを見せました。神の前でなんたる不敬」


「神ではありませんよ」


「ですが今度はご安心を。目を閉じるだけではありません。耳に詮をして万全な状態で来ました!」


 輝かしいほどの笑顔を浮かべるライラさん。


 それはいいんだけど、耳を封じたら会話にならねぇじゃん。人の話くらいは聞いて!?


「あのように、彼女は少々風変わりな子なんです。面白いでしょう?」


「まあ、見てる分には」


 実際に関わるとなると、かなり面倒な人だな、とは思いました、はい。


「ふふふ。王都にある教会にも面白い人はたくさんいますよ。よかったら是非、王都の教会にも来てくださいね。ワタクシを送り届けてくださるなら、その機会もあるでしょうし」


 アウリエルの口元が弓のように歪む。


 たしかに僕は、彼女を王都まで護衛すると約束したが、教会に行くとは一言もいってない。


 そんなアウリエルと(頭の)おかしな仲間たちに会ったら、僕まで洗脳されそうで怖いよ。


 かすかに苦笑しながら、「いけたらね」とだけ答えておく。


 なぜかアウリエルは、不気味な笑みを浮かべたままだが、無理やり連行なんてされないよね? そうだと信じたい。




 その後は、ほとんど音が聞こえていないライラさんが、ひたすらボケるのを僕とアウリエルが笑いながら見守った。


 途中、信者たちが部屋に突撃してくるというイレギュラーもありながら、時間はどんどん流れていく。


 気が付けば外も少しだけ暗くなってきた。


 遅くならないうちに解散しようという話になって、僕もアウリエルもライラさんも揃って席を立つ。


「それではライラ、またお会いしましょう」


「…………」


 ニコニコ笑顔のライラさん。耳詮のせいでアウリエルの言葉も聞こえていないらしい。


 同じく笑みを刻んだ彼女によって、無理やり耳詮を奪われて同じ台詞を聞かされた。


「は、はいぃ……またのお越しを、お待ちしております」


 ぺこりと忙しなく何度も頭を下げるライラさんに見送られて、僕とアウリエルは宿に戻った。




 しかし、その帰り道。


 露店のそばを歩いていると、ふいに、明らかに怪しいとしか思えない黒づくめの集団と遭遇する。


 集団は、アウリエルと僕の顔をジッと見つめたあと、


「対象を発見。各自、女のほうは確実に殺せ!」


 と叫び、手にした球体を地面に打ちつける。


 球体は地面と接触するなり爆発。そこから大量の煙が上がった。


 ——煙幕か。


 そう思った頃には、謎の集団は煙の中に消え、周囲の状況がまったく判らなくなった。




 どうやら、またしても狙いはアウリエル王女らしい。


 僕は瞳を細めて彼らを迎え撃つ。


———————————————————————

あとがき。


皆さま!!!

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