第93話 ヤバい人その2

 僕の素顔を見て、その場にいた聖職者たちがもれなく発狂した。


 鼻血を流しながら倒れるシスターに、涙をとめどなく流す神父さんたち。


 阿鼻叫喚……ではないが、狂乱の様相を見せた講堂内に、ひとりの新たな女性が足を踏み入れる。


 青空のように透き通った青色の髪を揺らし、彼女はゆっくりとこちらへ歩み寄って、床を転がるシスターたちを一瞥すると、頭上に〝?〟を浮かべて首を傾げた。


 遅れて、その神秘的なの瞳が僕たちを捉える。




「これは……どういう状況でしょうか?」


 彼女の問いに、答えたのはアウリエルだった。


「皆さん、こちらのマーリンさまを見てあのような状態に陥ってしまいました。仕方のないこととはいえ、ご迷惑をおかけしております」


「マーリンさま? あの、マーリンさまですか? というより、そういうあなたもアウリエル殿下では?」


 一歩、また一歩と青髪の女性はこちらに歩みを進める。


 瞳を細め、鋭さを増してから気付く。


「や、やっぱり! なぜアウリエル殿下がセニヨンの町に?」


「マーリンさまに会いにきました。あなたは相変わらず目が悪そうですね」


「マーリンさま……ひっ——!?」


 一メートルほどの距離まで近付くと、彼女と僕の視線が交差する。


 だが、彼女は僕を見た途端に後ろへ下がった。


 震える体を徐々に床のほうへ落とし、膝を突くなり祈りを捧げる。


「ま、まさか……噂で聞いたあのマーリンさまが、アウリエル殿下とお越しになるとは……こ、これは夢? 夢に違いないわ!?」


「現実ですよライラ。あなた方が喜ぶと思って、特別にマーリンさまに同行いただいたのです」


「なるほど」


 それだけ言ってライラさん? の動きが止まった。


 ぴくりともしない。


 膝を床に付け、両手を合わせて祈りを捧げたままだ。


 どうしたんだろう。


 僕が脳裏に疑問を浮かべていると、「ふふっ」と隣からアウリエルの笑い声が聞こえた。


「緊張や喜びの感情が、一定値を超えると気絶する癖は健在ですね」


「き、気絶? この人いま、気絶してるの!?」


「ええ。試しに触ってみてください。というより、顔を覗き込むと解りますよ」


「は、はぁ……」


 言われたとおり、彼女のそばに寄って顔を覗き込む。


「うわ、マジだ……マジで気絶してる」


 俯いた先では、ライラと呼ばれた女性が白目を剥いているのが確認できた。


 おまけにいくら揺すっても目を覚まさない。


 最後の最後で、一番面白い人が出てきたなあ。信仰者のバラエティは豊かだ。


 しばらくそのままライラさんの肩を揺すっていると、やがて彼女の意識が戻る。


「——ハッ!? わたしは一体……」


「あ、起きた。大丈夫ですか?」


「え? あなたは……」


「? ライラさん?」


 こちらを再び見たライラが、またしても動きを止める。


 今度は白目を剥いていないが、これはどういう状態だ?


 気になって後ろを向くと、アウリエルは笑みを浮かべたまま首を横に振った。


「また気絶しましたね。本当に面白い子です」


「気絶してるのこれ!? というか僕を見ただけで気絶するって、どんだけ……」


 どんだけ神様を信仰しているんだ、彼女。


「ライラは熱心な信者です。幼い頃から神を信仰し、ワタクシも熱心に神の素晴らしさを教え続けました」


「おまえが元凶か」


 さすが神様狂い。他の信者たちを恐ろしいモンスターに変えるのは得意らしい。


 一応、また気絶されても困るので、ライラさんから離れた。


 次に彼女が目を覚ました時、「もう気絶するのはさすがに失礼すぎる!」と目を瞑って会話をすることになった。


 ちなみに鼻血出てるよ。




「申し訳ございません、アウリエル殿下、マーリンさま。私としたことが、マーリンさまのご尊顔を拝謁する喜びに震え、二度も気絶するなど……」


「気持ちはよく解ります。ワタクシもそれはもう足腰が震えて漏らしそうに——」


「僕は気にしてませんよ!! ええ!!」


 アウリエルちょっとは空気を読め!


 神聖な場所で一体なにを言おうとした!? 君、本当に神様のことが好きなの!?


 一周回って、彼女が冒涜者に見えてきた。


「ありがとうございます、マーリンさま。変わりに私がお二人を……というより、マーリンさまの案内をさせていただきます。どうぞ、こちらへ」


 目を瞑ってからのライラさんは、動きがきびきびとしていて、まさに仕事ができる人って感じだ。


 癒しオーラを放ちながらも、彼女が来た道を戻る。


 そっちのほうには、併設された孤児院があるらしい。


 子供たちもそれなりに熱心な信者らしく、アウリエルと僕を見たら喜ぶからぜひに、と言われた。


 もういまさら誰に見られても困惑しない。むしろ子供たちでも見て癒されたかった。


 歩き出したライラさんの背中を追いかけて、講堂奥にある廊下を渡る。


 すると、その途中でライラさんが動きを止めた。


 僕もアウリエルも同時に首を傾げてから、アウリエルが彼女の顔を覗き込む。


「あ……彼女、完全に気絶してますね」


「なんで!?」


「どうやらマーリンさまの声だけでも、ライラには刺激が強かったようです」


「僕ってどういう扱いなんだ、本当に……」


 今日一番の困惑を受けながらも、今度はアウリエルが孤児院まで案内してくれる。


 彼女は何度もここに足を運んでいるから案内ができるらしい。


 気絶したライラさんを放置して先を急いだ。


———————————————————————

あとがき。


その1はアウリエル。


近況ノートを投稿しました。

よかったら目を通してもらえると嬉しいです!

内容は今後の活動に関してです!

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