第92話 狂信者たち、発狂する
アウリエルを追いかけて教会の中に入る。
講堂内部は、前世の記憶がちらつく通りの造りだった。
特別、異世界感のある造りではない。横長の椅子があり、奥には小さなステンドグラスが。
その下には小さな男性の像が飾られ、十字を背中に背負っている。
「あらあら、お客さまですか。ようこそ教会へ。本日はどういったご用件でしょうか」
周りの内装を見渡しながらその場で待っていると、奥からひとりの女性が姿を現した。
装いから彼女がシスターだとわかる。
「こんにちは。この教会に見学にきました。お久しぶりですね、シスター」
穏やかな声でそう言うと、アウリエルはフードを脱いで素顔を見せる。
豊かな銀髪が、ステンドグラス越しに差した陽光を吸収すると、それを見たシスターが口元に手を当てて驚く。
「そ、その美しい髪は……! もしや、王都におわすアウリエル殿下でしょうか!?」
「はい。本当にお久しぶりですね。前回はいつぶりに来たのか……覚えていたようで安心しました」
「アウリエル殿下のお顔を忘れるはずがありません。我々聖職者のあいだでは、アウリエル殿下は神の代弁者と呼ばれているのですから!」
「あはは……まるで聖女のような扱いですね」
「アウリエル殿下さえよろしければ、いつでも教会は、〝聖女認定〟するでしょう。あなた様ほどそれが似合う人もいない」
両手を握り、祈るように腰を落とすシスター。
アウリエルが王女であろうと平民であろうと関係ない。その神々しいまでの銀髪こそが、彼女たちにとっての信仰の対象なのだ。
今さらながらに僕の中で緊張が生まれる。
そうだよ、なんで気付かなかった。アウリエルは神を信仰する熱心な信者だ。だから僕は慕われている。
同じ信者であるシスターたち教会関係者が、アウリエルと違うと思っていたのか?
非常にまずい。なんとなくまずい気がする。
アウリエルの存在に気付き、わらわらと奥から出てきた他の聖職者たち。比率的シスターが多いのは、なにかしらのルールでもあるのかな?
みな、最初のシスターと同じように両手を合わせて祈りを捧げている。
「ふふ、ありがとうございます、皆さま。——ですが今日は、皆さまの認識がおおいに変わる日となるでしょう。こちらのマーリンさまを見れば!」
バッと、そう言ってアウリエルが細く白い手をこちらを向ける。
その瞬間、ありえんほどの悪寒が背筋を撫でた。
前方にいる全聖職者たちの視線が突き刺さる。
じんわりとフードの中で汗をかいた。
完全にアウリエルにはめられたことを遅れて理解する。
「マーリンさま? マーリンさまと言うと、まさか?」
「ええ。あなた方もご存知でしょう? この町に降臨された神のごとき存在を」
「おお! 銀髪に黄金の瞳を持つというマーリンさまでしょうか!? これまで一度として教会に足を運ばれることはなかったのに、アウリエル殿下と共にいらっしゃるとは!!」
ぎらぎらと信者たちの顔つきが凶悪なものに変わる。
鼻息が荒いし、瞳孔は開いてる。端的に言って、ものすごく恐ろしかった。
「ささ、マーリンさま。せっかくなのでフードを取って挨拶しましょう。いまのうちに彼らに知ってもらえば、今後いろいろと役に立ちますよ」
くるりとアウリエルがその場で反転し、こちらを見つめる。
「ほ、本当に? 僕としてはあまりオススメできない状況に見えるんだけど……」
「そんなことありません。皆さんいい人ですよ。わたくしを信じてください」
「信じられない……」
間髪入れずに思わず口が滑る。
だが、アウリエルは気にした様子もなくにじり寄ってきた。
ゆっくりと腕を伸ばし、僕のフードに手をかける。
後ろをがっちりと騎士たちにボディブロックされていた。逃げられない。
どうせいつかはバレるのだと腹を括って、彼女を信じることにした。
フードが取れる。僕もまた、銀色の髪と黄金色の瞳を人前に晒す。
「おおおおおぉぉぉ————!!」
講堂内に、割れんばかりの歓声が響く。
シスターたちは一様に鼻血を出して倒れ、残った神父だか司祭だかわからぬ男性は、涙を流して土下座した。
アウリエルが、僕の腕に自らの腕を絡ませて抱き付いてくる。その様子を横目に、混沌とした眼下を見つめたまま脱力した。
——なんだ、これ。
もう収拾つかないじゃん。叫び声と泣き声しか聞こえてこない。
甲高い奇声が重なりすぎてなに喋ってるのか聞き取れないし、神父さまはずっとおいおい泣いてる。号泣だ。
「どうするの、これ。さすがにうるさいんだけど……」
「それだけマーリンさまは尊い存在だということです。ええ。それに、教会と関係を構築しておけば、いざというときに便利ですよ」
「うーん……打算的」
それでいいのかな、とは思った。
けど、彼女たちの様子を見るかぎり、きっとそれでもいいんだろうね……。
聖職者たちの様子が落ち着くまで、僕はアウリエルに腕を抱かれたまま待った。
——すると、シスターたちが落ち着くより先に、講堂奥の扉からもうひとりの女性が現れる。
青色の髪を揺らし、床に転がるシスターたちを一瞥すると、黄金色の瞳をわずかに細めて、彼女は首を傾げながら言った。
「これは……どういう状況でしょうか?」
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