第88話 恐ろしいくらいに不安

 僕とアウリエルは同じ宿の、同じ部屋で過ごすことになった。


 それが一番、アウリエルを守るのに適していると思ったから。


「今日からよろしくお願いしますね、マーリンさまっ」


 現在、僕が泊まっている部屋に荷物を置いたアウリエルが、眩しいほどの笑顔を浮かべてそう言った。


 彼女の荷物は少ない。


 途中、ギルドマスターと別れたあと、護衛の騎士たちに泊まっていた宿から運ばせたが、ひとりでも持てる程度の量だった。


 曰く、王女はすぐに帰る予定だったから、ほとんど荷物は持ってきていないらしい。


 泊まっていた宿も、セニヨンの町では一番お金のかかる宿だったし、家具とかはすべて置いてあったのだろう。


 おかげで特に苦労することもなく引っ越しは完了した。


「よろしくね、アウリエル。とりあえず僕は自分用の敷き布団でも持ってこようかな」


「はて? どうしてマーリンさまが敷き布団を?」


「どうしてって……寝るのに必要だからでしょ」


「? 同じベッドで寝れば敷き布団など必要ありませんよ?」


 なにを当たり前のことを、と言わんばかりにアウリエルは首を傾げる。


「いやいやいや、普通にまずいでしょそれは。アウリエルは自分が一国の王女さまだっていう自覚があるのかな?」


 王女様と同衾してるだけでもヤバいのに、そのうえ、一緒の布団で寝るだって?


 国王陛下にバレたら僕が殺される。


「問題ありませんよ。マーリン様はいと尊き方。あなたさまの行いを否定できる者など、糾弾できる者など存在しません。わたくしが許しません」


「それはアウリエルだからだね」


「王女が許可を出しているのです! それ以上の理由が必要ですか?」


「必要だと思います」


「では秘密裏に、ということでこの話は終わりです。ご安心ください。夜這いなどしませんよ。わたくしはきっちりとマーリンさまから許可をもらった上であなたさまの御子を孕むのですっ」


「孕むって言わないの」


 この子は控えめに見えて大胆だ。僕からの許可さえもらえればよろこんで服を脱ぎよがるのだろう。


 当然、僕はそんな許可は出さない。


 すでに三人の女性に手を出してるクズ野郎だからね。これ以上手を伸ばすとなると、さらなる覚悟が必要になる。


 いまの僕に、そこまでの覚悟はなかった。


「マーリンさまのいけず。わたくしは常に襲われてもいいように準備しているというのに」


「王女さまがする事じゃないと思う」


「護衛の騎士の部屋は離しました。多少騒いでもバレません。たとえバレたとしても、彼らには理解があります」


「……もしかして」


 君、わりと確信犯じゃない?


 護衛の騎士の部屋を離したら護衛の意味がないと思うのは僕だけかな?


 最初から僕とまぐわう事が優先されているように思える。思えるっていうか、そのとおりだろう。


 つい先ほど、自分が2級危険種のワイバーンに襲われたことをもうお忘れで?


「もしかして、最初からそういう行為が目的で僕の部屋に泊まりたいと? 護衛うんぬんはただの建前だったりする?」


「もちろんですわ!」


「チェンジで」


 扉のドアノブに手をかける。


 いますぐ彼女の部屋を護衛の騎士の隣にでも変えるべきだった。


 しかし、ドアノブを掴んだ手を素早い動きでアウリエルも掴む。


「ま、待ってください! 冗談です、冗談。たしかにマーリンさまに襲ってもらえるかも、という打算はありますが、しっかりマーリンさまに守ってもらうため、という理由でもあります! マーリンさまも仰ったではありませんか。近くにいたほうが守りやすいと」


「本当に変なことしない?」


 万が一にでも彼女といたしてる最中にソフィアたちが来たら、地獄のような修羅場は回避できない。


 いや、もしかすると彼女たちは一夫多妻に賛成だった。許してもらえるかもしれないが、僕への信用は落ちるだろう。


 やはり彼女とそういう行為をするのは無しだ。


 せめてソフィアたちから許可をもらわないと。そして、僕自身がしっかりと覚悟を決めなきゃいけない。


 でないとアウリエルにもソフィアたちにも失礼だ。


「もちろんです! 先ほど言ったように、わたくしからは絶対にマーリンさまを襲ったりしません! あくまでもマーリンさまを悩殺して襲ってもらうことに意味があるのです」


「そんな嬉々とした表情で言われてもね……ぜんぜん信用できない」


 むしろさっきからずっと背筋に悪寒が走っている。


 彼女は誠実だから自分の言葉は曲げないだろうが、なぜか不安になる。


「けどまあ、王都までは守るって約束したし、問題が起きないかぎりは頑張るよ」


 そう言ってパッとドアノブから手を離した。


 アウリエルも僕の腕から手を離す。


「はい! ありがとうございます、マーリンさま」


 アウリエルは、太陽のように眩しい笑顔を見せる。


 不思議と、その顔を見ると——やっぱり不安になるのだった。

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