第87話 王女様と同衾

「アウリエルウウウゥゥ————!!」


「きゃああぁぁ————!」


 二人の追いかけっこが始まった。


 片やセニヨンの街にある冒険者ギルドのギルドマスター。最上位冒険者に次ぐランク2の冒険者だったエルフの女性ヴィヴィアン。


 片や王国の第四王女にして、強い信仰心を持つアウリエル。


 たいへん仲がよろしいが、追いかける護衛の騎士たちはあまり表情が優れない。


 どちらも王女だから扱いに困るのだろう。


 ぐるぐるとその辺を回りながらすぐにアウリエルはヴィヴィアンに捕まる。


 レベルの差はひっくり返せなかった。


「この小娘が、よくもまあ好き放題言ってくれたわねぇ? どんな目に遭わせてやろうかしら? このキレイな顔を、絵の具で汚したら少しは考えがまともになる?」


「ああそんな……ワタクシの顔が汚れてしまえば、きっと多くの殿方が哀しみます! ヴィヴィアンと違って!」


「あはは。燃やされたいようね。しょうがないわ。私が暗殺者になってあげる!!」


「ぎ、ギルドマスター! お戯れを……」


 おろおろと護衛の騎士たちがふたりの間に入るが、なかなか行動に移せなくて困っている。


 僕からすると仲良しに見えるが、護衛の彼らからしたらハラハラものだ。


 仕方ないのでそろそろ助け船を出すことにした。


「ふたりとも、遊ぶのもいいけどそろそろ帰らない? いつまでもここにいたら陽が暮れちゃうよ。ギルドマスターは仕事、残ってますよね」


「むっ……たしかにそれはそうね」


 パッと、アウリエルを掴んでいた手を離すギルドマスター。


 自由を得てホッと胸を撫で下ろすアウリエルが、小さな声で「ありがとうございます、マーリン様」とお礼を言った。


「感謝しなさいアウリエル。今回の件は特別に許してあげる。でも次はないわよ~? 地面の肥料になりたくなかったら、口は慎むように。——わかった?」


 じろり、とギルドマスターが鋭い視線をアウリエルに向けた。


 彼女はビクリと肩を震わせてからこくこくと激しく首を縦に振る。


 レベル300は伊達ではない。


「それじゃあアウリエルの護衛はマーリンくんに頼んでもいいかしら? 私は仕事もあるし彼女に付きっ切りになるのは無理だわ」


「ええ、お任せください。誠心誠意守らせてもらいます」


「よっし!」


 グッと拳を握りしめるアウリエル。


 途端に天使のような笑みを浮かべて僕のそばに寄った。


「ではマーリン様、護衛対象から離れてはいけません。マーリン様が泊まっている宿にワタクシも泊まりましょう」


「え? 僕がそっちの宿に行くんじゃなくて?」


「はい。こちらの宿は少々お高いので、そちらにワタクシが行くほうが安く済みます。民から集めた税金を無駄遣いするのは忍びないので。それに、マーリン様も泊まり慣れた宿のほうが安心しますよね?」


「う、うん。それはそうだけど……王女さまを格安の宿に案内するのはちょっとだけ気が引けるなぁ」


 カメリアには悪いが、あの宿は王女さまが泊まるには適さない。


 僕は気に入っているが、アウリエルからしたら狭い部屋だろう。


「気にしないでください。そちらのほうがワタクシにとってもメリットがあるので」


「メリット?」


「マーリンさまに密着できます! 同じベッドで寝れば肉体関係を迫れること間違いなし!」


「さあ、アウリエルの宿に行こうか」


「あぁ~~~~! 待ってくださいマーリンさま冗談です本気じゃありません本気でしたけど」


「どっちよ……」


 歩き出した僕の腕を全力で掴み止めにかかるアウリエル。


 ずりずりとわずかに地面を削ってから歩みを止めた。


「そもそも同じ部屋に泊まるつもり? それはさすがに護衛の騎士たちも……」


「「アウリエル殿下をよろしくお願いします!」」


 護衛の騎士たちのほうへ視線を滑らせると、彼らは同時に声を上げ頭を下げた。


 見事な九十度のお辞儀。


 鎧がカシャカシャ鳴ってうるさい。


「えぇ……普通、護衛の騎士なら止めましょうよ……ダメですって、見ず知らずの男と同衾させるなんて」


「アウリエル殿下はマーリンさまの妃になるべくして生まれた存在! マーリン様との間に子供を設ければ未来は安泰です!!」


「気が早くない?」


 たった一度の同衾でどこまでいくつもりだ?


 っていうか普段、護衛の騎士たちにまで何を吹き込んでいるんだ、彼女は。


 本来、彼女の体や安全を第一に考えないといけないはずの騎士たちが、率先して王女を差し出すなんて……。


 これもアウリエルの教育の賜物だろうか。安定の狂気っぷりに背筋が震えた。


 だが……。


「でもまあ……手は出さない、襲わないって約束するなら同室でもいいよ。護衛対象を守るにはそれが一番だと思うし」


「マーリンさま!」


 仕方なく、仕方なく許可を出すと、アウリエルの表情は太陽のように眩しく輝いた。


 感極まって抱き付いてくる。我ながら血迷った判断を下したのかもしれない。


 この時の僕はたしかにそう思った。

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