第86話 200歳越えの乙女
「そうですね。王都に戻ったほうがいいとは思いますが、知ってしまった以上は僕も協力しますよ。滞在中は、僕がアウリエル殿下の護衛を引き受けましょう。王都まで送り届ける役目も一緒に」
僕はギルドマスターとアウリエルのほうを見ながらハッキリとそう告げた。
ギルドマスターは納得の表情を浮かべているが、その隣に立ったアウリエルは大きく瞳を見開いている。
強い衝撃を受けているのがわかった。
「わ、ワタクシのために……護衛を? マーリン様が?」
「うん。ワイバーンを操るくらいの相手がアウリエルを狙っているんだとしたら、少しだけ不安になるだろうけどね」
ワイバーンの足首にはめられていた道具、〝隷属の首輪〟は、自分より弱い対象を操るためのもの。
その情報によると、少なくとも拘束具に魔力を注いだ者は、ワイバーンよりレベルが高いってことになる。
ワイバーンはほとんど1級危険種とも言われるほどの個体だ。
アラクネを凌駕する能力を持つってことは、少なくともレベル300を超えるギルドマスターより強いってことになる。
多く見積もって500くらいかな? もしくは400。
それより強いとなると、この世界でもひと握りの猛者だろう。
僕の本当のレベルを知らないアウリエルからしたら不安になると思う。
そう思って言ったが、アウリエルは首を左右に激しく振って僕の言葉を否定した。
「そんなことありません! マーリン様がワタクシの護衛をしてくれるなら、それ以上の安心などありません! あぁ……なんと甘美な響き。神にワタクシごときの命を守らせようなどと不敬な行いですが、どうしても心が喜んでしまう……! どうかこの哀れで愚かな小娘を踏みつけてください! 卑しい雌豚が発情してんじゃねぇ! と!」
「あはは、面白いジョークだね」
ごめんなに言ってるのかよくわからないや。
その清楚然とした顔で、〝雌豚〟とか「踏みつけてほしい」とか言わないでくれないかな……。
僕の中でいろいろと理想っていうか、清楚へのイメージが崩れるから。
「冗談ではございません! ワタクシは本気です」
だから困るんだよねぇ。
「本気でマーリン様に——」
「はいはい、ストップよアウリエル。少しは落ち着きなさい。あまり醜態を晒すとマーリンくんに引かれるわよ」
もう遅いですよヴィヴィアンさん。僕の中でアウリエルは色物枠だ。
「し、しかしヴィヴィアン! ワタクシは……」
「相手のことを想えば、もう少しだけ引くことを覚えないと。グイグイ攻めてばかりいても、恋というのは発展しないの。大事なのは駆け引きよ、駆け引き」
「なるほど……! 200歳超えの処女の意見、まったく参考になりませんね!」
「ハァ!? しょ、処女じゃないし! 経験豊富だしぃ!?」
唐突にアウリエルがものすごい爆弾をぶん投げた。
あのクールで大人っぽいギルドマスターの表情が、年頃の乙女みたいに真っ赤になる。
「またまた面白い冗談ですね、ヴィヴィアン。あなたことはよく知ってますよ。若い頃は仕事にばかり没頭し、現役冒険者を引退したかと思えばまた仕事に追われる日々。これまで言い寄る男は数多く、しかしだれひとりとしてあなたの心を掴むことができた者はいない。孤高の冒険者とも言われ、ギルドマスターになってからはそもそも話しかけられる機会すら減って——」
「うるさああああぁぁぁ————い!!」
キ————ン。
ギルドマスターによる甲高い叫び声が響いた。近くにいた僕とアウリエルは同時に耳を塞ぐ。
肩を震わせながらヴィヴィアンは鬼の形相でアウリエルを睨む。
「そ、それ以上余計なことを言うなら、たとえ第四王女さまが相手でも許さないわよ!?」
「もう……ヴィヴィアンは照れ屋さんなんだから。そんな態度では恋愛なんて夢のまた夢。処女どころか恋愛経験ゼロで人生を終えますよ」
「だから黙りなさいって言ってるでしょ!? 私はエルフなの! 人生は長いから大丈夫!! そのうちいい出会いがあるから!」
「そういうこと真顔で言える人にかぎって、絶対にだれにも相手されないんですよねぇ。お高くとまりやがって。これだから200超えの処女は——」
「アウリエルウウウウゥゥ————!!
とうとうギルドマスターの堪忍袋の緒が切れた。
般若も逃げ出すほどの憤怒を撒き散らし、一歩、また一歩とアウリエルへ近付く。
それを見た瞬間、護衛の騎士を伴ってアウリエルは逃亡を開始した。
どこか楽しそうな二人の追いかけっこを、苦笑しながら眺める。
「ちょっ、ヴィヴィアン? ただの冗談でしょう!? 少しは落ち着いてください!」
「あれが冗談に聞こえたら頭がおかしいわよ!! いいから待ちなさい! 説教よ説教!」
「きゃあああぁぁ! 助けてマーリン様! ヴィヴィアンのご乱心!」
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