第85話 王女暗殺計画
「ねぇ……これ、なにかしら」
「え?」
「これ、ですか?」
僕もアウリエルもヴィヴィアンの声に反応して彼女のもとに向かう。
すると、彼女の視線の先には……ワイバーンの足首にはめられた大きな輪っかのような道具が見えた。
「これは……拘束具?」
ぽつりとアウリエルが呟く。
言われてみると、人間でいう首輪のような形をしていた。
ワイバーンの首は人間のそれよりだいぶ太い。
首を避けてはめられているのか、それとも足首を拘束するためのものなのか。
わずかに紫色に輝く不気味な道具を見て、僕の心に一抹の不安が過ぎる。
「ワイバーンの足首にこんなおかしな道具が付いてるなんて話、聞いたことがないわ。恐らく人為的に付けられたものね」
そう言いながらジッとギルドマスターが紫色の拘束具を見つめる。
わずかな魔力の流れを感じた。
「……ダメ、か。私の〝鑑定〟スキルでも見通せない。相当高位の人間が作ったものっていうのはわかったけど」
「鑑定……」
そうか鑑定スキルか。
あまり使う機会がなくて、というかあまり使いたくなくて自分がそれを持ってることすら忘れていた。
僕も念のために、鑑定スキルを発動する。
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【隷属の首輪】
魔力を流すことで、対象の自由を縛ることができる。
人間用のものを、モンスター用に改造して作られた。
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「隷属の……首輪?」
「隷属の首輪!? それってもしかして、帝国で使われているっていうアレ?」
僕の呟きに、ギルドマスターが強い反応を示す。
ワイバーンの足首と僕の顔を交互に見て驚いていた。
「帝国のものかどうかは知りませんが、僕のスキルにはそう表示されました。ギルドマスターは知っているんですか?」
「え、ええ……隷属の首輪は、いわゆる奴隷を作るための道具よ。魔力を流し込むことで、自分よりレベルの低い相手を強制的に操ることができるの。王国では過去に問題が起こって禁止された違法道具よ。帝国だと未だに使われているのね……」
「どうやらこの道具は、モンスター用に改造されているようですけどね」
「ということは……アウリエルを狙ったのはわざと? 帝国の人間が、あるいは帝国と繋がりを持つ何者かがアウリエルの命を狙っている?」
サアァァァァ。
短い風が吹く。
僕たちのあいだに、不思議な緊張感が張り詰めた。
全員の視線が交差し合い、最悪の結論へと辿り着く。
「ワタクシの命を……誰かが……」
「心当たりは?」
「ありませんよ。いえ、ありすぎて困る、と言うべきでしょうか。ワタクシは王族です。他国の人間から狙われる理由なんていくらでもあります」
「でもどうしてアウリエルを? この子は第四王女。王位継承権なんて無いようなものよ? 殺したところでなにかメリットがあるとは思えない……」
うんうん、とギルドマスターは頭を捻る。
たしかにそう言われると、アウリエルを殺すメリットは皆無だ。
もっと上、第一王子とかを狙ったほうがよっぽど王国のダメージになるだろう。
なんとなく、僕は呟く。
「私怨……あるいは、王族全員が狙われている?」
「それは……あまり考えたくないわね。前者だとすると、対象を絞り込むのはほぼ不可能。後者は、国家転覆並みの大事件よ」
最終的には同じ結論に行き着いたのか、ギルドマスターは返事を並べながらも額に汗を滲ませていた。
ぎゅっと拳を握りしめてアウリエルが口を開く。
「しかし、現状ではマーリン様の仰る可能性が一番大きいようにも思えます。わざわざ王都を離れているワタクシを狙うなんて……」
「そうね。ひとまずアウリエルはすぐに王都へ帰ったほうがいいわ。ここにいるより王都のほうが安全でしょうから」
「あら、それはどうかしら。この街には腕利きの冒険者が二人もいるでしょう? 一概に危険とは言えませんよ」
「腕利きの冒険者って……私とマーリンくんのこと?」
「ええ。元ランク2冒険者のあなたと、アラクネやワイバーンを倒してしまうほどのマーリン様がいるのなら、もしかしすると王都以上にここは安全かもしれません」
不敵に笑って、アウリエルは僕とギルドマスターを交互に見つめる。
自分の命が狙われている可能性があるっていうのに剛毅な人だ。
かすかに震えているあたり、本当は怖いのだろう。
それでも笑える彼女の前向きなところは好きだったりする。
にこりと笑って、僕はなるべく彼女の背中を押すことにした。
「そうですね。王都に戻ったほうがいいとは思いますが、知ってしまった以上は僕も協力しますよ。滞在中は、僕がアウリエル殿下の護衛を引き受けましょう。王都まで送り届ける役目も一緒に」
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