第79話 お座り

 アウリエルがぼそりと敵の名前を呟いた。


「な、なぜここに……ワイバーンが!?」


「ワイバーン?」


 頭上でこちらを見下ろす巨大な鳥を見上げながら、隣にいるアウリエルに訊ねる。


 彼女は震える声のまま続けた。


「ワイバーンは、前にマーリン様が戦った2級危険種〝アラクネ〟と同列の扱いを受けている個体です」


「あのアラクネと……」


 であれば、その強さは街ひとつを呑み込むほどだと推定できる。


 だが、伝わってくる相手のレベル、強さは、アラクネの比ではない。


「気をつけてください。ワイバーンはたしかにアラクネと同じ2級危険種という肩書きを持ちますが、その力は——2級危険種の中でもです。1級危険種にも匹敵するほどだと聞きました」


「ま、マジか……どうしてそんなバケモノがこんな所に? アラクネといい、ワイバーンといい、セニヨンの街になにか用事でもあるのか?」


 立て続けに姿を見せる2級危険種たち。


 ギルドマスターやアウリエルの話を聞くかぎり、連中がここにいるのは相当に珍しいと言える。


 もはや運が悪いとしか言えない状況が、近日中に二回も起こるなんて偶然、ありえるのか?


 なにか作為的な悪意を感じる。


「……けど、まあ。いまは問題を解決するほうが得策か。全員、無理しない範囲で行動するように」


「解りましたわ、マーリン様」


「了解ですっ」


 僕の言葉にアウリエルとノイズが大きな声を上げる。


 アウリエルの護衛でもある騎士たちは、彼女の前に立って剣を抜いた。


 そのタイミングで、頭上にいるワイバーンも行動を開始する。


 両翼を大きく動かして風を起こした。凄まじい風だ。


 まるで嵐を前にしているかのように強風が吹きすさび、鋭く細い魔力反応を探知した。


 なんとなく横に避ける。


 遅れて、僕が立っていた地面が浅く抉れた。刃でも通過したかのように。


「い、今のは……」


「ワイバーンの攻撃です! ワイバーンは風を操り、不可視の攻撃を仕掛けてきます! 皆さん、魔力の反応にはご注意を!」


 そう言ってアウリエルは手を前に突き出す。


 その瞬間、ワイバーンの巻き起こす風がわずかに弱まった。


「ワタクシがどうにかワイバーンの魔力を妨害しますので、その内になんとか……! 遠距離からでも攻撃できる方はお願いします!」


「了解!」


 それだけ聞けば十分だ。


 アウリエルのレベルとスキルでは、あまりワイバーンの風を妨害できていない。


 だが、少しでも風が弱まったおかげで動きやすくなった。


 僕は聖属性魔法スキルを発動して、複数の光線を空へ向けて放つ。


 ——当たればそれなりのダメージが期待できる!


 そう思っていたが、なんと、僕の聖属性魔法スキルによる攻撃は、ワイバーンがまとう風の防壁によって横へ逸らされてしまった。


 直撃ではなく軌道を逸らしているため、威力が高くても意味がない。


 何発撃ってもすべて逸らされてしまう。


「くっ! あの風が邪魔すぎる。君の力であの防壁を妨害できないか?」


「申し訳ありません、マーリン様。ワタクシのレベルではそこまで大きな力は動かせないのです……」


「ということは……このままだとマズいね」


 あのワイバーンの防御を突破しないかぎり、ワイバーンにダメージを通すことはできない。


 物理的な攻撃ならまだしも、光線や弾丸などを使ってもすべて逸らされるだろう。


 かと言ってワイバーンは空高くを飛んでいる。とてもじゃないが跳躍しながら戦闘するのは難しい。


 いっそ、僕の封印を解除してゴリ押すか? それでも面倒なことには変わりないが、この状況を打開するには……——って、そうだ!


 思い出したかのように隣のアウリエルを見る。


 彼女はワイバーンの操る風、厳密には魔力を操って妨害している。


 そのスキルがあれば、僕のレベルならワイバーンの能力自体を打ち消すこともできるのでは?


 そう考えた途端、スキルリストを開いて〝魔力操作〟のスキルを取得していた。


 当然、スキルレベルはマックス。かなりの量のポイントが取られたが、まだまだポイントには余裕がある。


 即座に理解した新たなスキルを使って、空中にいるワイバーンの魔力を操った。


 すると、ワイバーンが起こしている風はもちろんのこと、やや強引に広範囲の魔力をめちゃくちゃに操った結果、ワイバーンが急に飛行をやめて地面に落下した。


 鈍い音を立てて目の前で地面に転がるモンスターを見て、僕は唖然とする。


「わ、ワイバーンって……魔力を使って空を飛んでいたのかい?」


 僕の魔力操作によって飛行に影響が出たってことはそういうことになる。


「あ、あれだけの巨体ですからね……ワタクシも知りませんでしたが、納得できる内容かと」


「それもそうか」


 僕も素直に受け入れる。いまはそれよりやるべきことがあるからね。


 倒れるワイバーンの背中に飛び乗ると、起き上がろうとするワイバーンの背中をおもいきり踏みつけた。




「なに逃げようとしてんの? ――お座り」

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