第80話 暗躍

 空に浮かぶ巨大な鳥。


 2級危険種と呼ばれるその鳥は、名前をワイバーンという。


 風を操り周囲をまとめて吹き飛ばし、こちらの攻撃はすべて受け流す強敵だった。


 正直、僕も能力を解放してさっさとケリをつけたいと思ったが、それよりアウリエルが持っていた〝魔力操作〟のスキルを使ってみると、これが想像以上に役に立つ。


 おまけに、ワイバーンの飛行まで妨害し、翼をもがれる形になったワイバーンは地面に落ちた。


 衝撃と痛みでぴくぴくと体を震わせるそのワイバーンの上に立つと、再び飛ぼうとする敵の背中を全力で踏みつける。


 地面にめり込むようにダメージを受けると、ワイバーンの動きが止まった。


 どうせ僕を落としたところで、魔力操作による妨害でまともに飛ぶこともできないくせに。


「さ、さすがですね……マーリン様。アクラネを単騎で倒したという実力は、ワイバーンすら超えるほどのものとは……」


「あはは。まあ、これくらいはね。それより、さっさとトドメを刺そうか。一体なんの用でこんな所に迷い込んだのか知らないけど……僕の前に立ったなら、生かして逃がす理由がないね」


 聖属性魔法スキルが発動する。


 凝縮された魔力が、呻き声をあげるワイバーンの頭部を容易く消し飛ばした。




 ▼




「お疲れ様です、マーリンさん」


 ワイバーンとの戦いに決着が着くと、ノイズが尻尾をぶんぶん振りながら僕のもとへやってくる。


「ありがとうノイズ。怪我とかしてない? すぐに治療するから言ってね」


「はい! マーリンさんやエルさんのおかげで問題ありません! ありがとうございました」


「どういたしまして。……エルのほうは運が悪かったね。まさか、外に出て早々ワイバーンなんてバケモノに襲われるとは」


「ええ、まったくです。でも、そのおかげでマーリン様の素敵な雄姿が見ることができました。それに関してだけは、あのワイバーンにもお礼を言わないといけませんね」


「言わないでください」


 この子、本当に僕が言いたいことを解っているのだろうか?


 後ろに並ぶ護衛の騎士たちも呆れた表情を浮かべている。


 たった今、僕がいなきゃ彼女が殺されていたのかもしれないのに。


 せっかく王都からやって来たのに問題に巻き込まれて、普通は強いショックや不安、恐怖を抱くはずなのだが。


 見るからに、アウリエルの様子は最初の頃と変わっていない。満面の笑みを浮かべてずっと僕を見つめていた。


 危機感がないのか、能天気なのか。はたまた物凄い大物なのか……。


 実に判断の困る子だった。


「それよりどうする? ワイバーンは倒したけど、他にも凶悪な魔物が出ないとも限らない。今日は早いけど街に戻る?」


 早いっていうかほとんどなにもしていない。


「そうですね……ワイバーンの件をヴィヴィアンに報告しないといけませんし、一度、セニヨンの街に帰ったほうがいいかと」


「ノイズは残念です。今日はぜんぜん戦えませんでした」


「まあいつでも戦う機会はあるよ。無事に生き延びられたことを喜ぼう」


「そうですね!」


 少しだけ哀しげなノイズの頭を撫でて励ますと、一度下ろした尻尾を再びぶんぶん振り回す。


 ビースト種は本当に可愛いなぁ。ノイズには、ペットみたいな扱いをするのに罪悪感はあるが、この純粋すぎる様子を見ると可愛がらずにはいられない。


 後ろでこちらの様子を見守るアウリエルもにっこにこだ。


 その視線が僕のほうを向いており、時折薄っすらと見える瞳の中に、邪な感情がちらほら見えようときっとノイズが可愛いに違いない。


 そう思っておくことにした。


 倒したワイバーンの死体を、僕のスキルで収納。他に問題はないかと周囲を探知してから、ゆっくりと五人でセニヨンの街へと帰還した。




 ▼




 後片付けまで終わらせて町のほうへ向かうマーリンたち。


 その様子を遠く離れたところから眺める一人の男がいた。


 全身真っ黒な皮膚に覆われた男は、口元をにやりと上げて呟く。


「まさか俺さまのワイバーンがあんな男にやられるとは思ってもみなかったなぁ……。ここからだとあまり様子は見えなかったが、アイツ、探知まで使えるっぽかったからな。離れておいてよかったぜ」


 ふう、とため息ひとつ。さらに男は続ける。


「ただ……可愛い可愛いワイバーンが倒されて、俺の計画が破綻しちまった。ここでサクっと王女さまを殺して王都に戻ろうと思ったのに。、これじゃあまだ帰れねぇ。ペットはもう何匹かいるが……あの男がいる以上は、俺さま自身が直接殺したほうが早いな」


 くくく、と喉が鳴らす。


 楽しそうに、嬉しそうに男は笑う。その声が周囲に広がって、聞こえた魔物が脱兎のごとく逃げ出した。




「なあに、あの程度の雑魚なら障害にはならねぇ。念のため、遠ざけたりはしたほうがいいだろうがな」

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