第74話 自由と責任
コンコン、というノックの音が部屋に響いた。
昨日、食堂で別れたカメリアかな?
そう思ってドアノブを捻ると、反対側に立っていたのは……。
ぴょこん、と犬耳を立てたノイズだった。
「の、ノイズ!?」
「おはようございます、マーリンさん!」
彼女は片手を上げて元気よく挨拶する。
——ま、まずい! 油断した!
こんな早朝から訪ねて来るのはカメリアくらいだと思っていた。
いま、僕の部屋には……。
満面の笑みを浮かべるノイズを見て、僕は静かに戦慄する。
「お、おはようノイズ……。ど、どうしたの? こんな朝早くから」
「いえ、もう九時を回って十時になるところですよ? もしかして珍しく寝ていましたか、マーリンさん」
「じゅ——!?」
十時!?
もうそんな時間なの!?
時計を見てなかったから大雑把に推測したが、どうやら昨日はハッスルしすぎてだいぶ疲れていたらしい。
余計に汗が流れる。
「そ、そっかぁ……もうそんな時間だったのか。気付かなかったよ。少しだけ疲れてて」
「みたいですね。でも、なんですかこの臭い? なんだか今までに嗅いだことのない臭いが……すんすん、すんすん」
「うわぁあああああ————!! 嗅ぐのダメぇ!」
鼻を震わせる彼女を見て、慌てて僕はノイズをぐいぐいと奥へ押し込む。
すると、部屋の奥から声が届いた。
「ん……んん? マーリン様? どうしましたか?」
というエアリーの声が。
その途端、ぴくりとノイズの耳が反応を示す。
「この声は……たしかソフィアさんのお姉さん?」
するりと僕の横を通り抜けて部屋の中に入るノイズ。
彼女の視線の先では、ベッドから起き上がった裸の女性がいた。
エアリーもまたノイズのほうを見る。
「あなたは……たしかノイズさん」
「な、なぜエアリーさんがマーリンさんの部屋に? そ、それに……裸じゃないですか! ソフィアさんもいるぅ!?」
あれやこれやと疑問が出てくるノイズ。
彼女の叫びが部屋中に響き、僕はがっくりと肩を竦めた。
他の女性ならともかく、知り合いのノイズにバレたのが一番ヤバい。
どうしたものかと頭痛に怯える。
そこへ、ギギギ、とブリキ人形みたいに振り返ったノイズが言った。
「マーリン、さん。これは、一体、どういう……?」
うるうる、と哀しみにくれるノイズ。
彼女の純粋な疑問と嫉妬に近い感情が突き刺さり、僕の罪悪感を刺激した。
これはたいへん答えに困るが……正直に話すべきだろう。
他の異性ならともかく、彼女には紳士に伝えておきたい。
「えっと……そうだね。見たまんま、かな」
「見たまんま、とは……やはりそういう関係だったのですね……」
「ひとつ訂正しておきますね。私たちがエッチしたのは昨日が初めてです。その証拠に……このシーツを見てください!」
なぜかそこから先はエアリーが答える。
ちょいちょい、と手招きされたノイズになにかを見せている。
確認すると否や、ノイズはこくりと頷いた。
「どうやらそのようですね。でも、羨ましいです……」
「うっ……」
やっぱり彼女もそう言うと思っていた。
前々から、ノイズが僕を見る目には熱がこもっていた。好意を隠そうともしない言動もそうだが、
ゆえに彼女にはバレたくなかった。バレたら、説明する、整理する時間がなくなるから。
でもこうなった以上は伝えておくべきだろう。
覚悟を決めてノイズに告げる。
「僕は、好きになった人と関係を持ってる。
「カメリアさんは知ってました」
——だからなんで知ってるんだよ!?
エアリーもノイズも怖すぎるでしょ!?
女の勘ってやつかな? 恐ろしい……。
「でも、だったらノイズが選ばれなかったのはそういうことですか? マーリンさんは、ノイズのことを……好きではなかった、と」
見るからに落ち込むノイズ。
ズキン、と心が痛くなった。
そんなわけない。
「そんなわけない! 僕はノイズが好きだ。好きじゃなかったら、あそこまで付き合ったりはしない」
「でも!」
「好きだからイコールそういう関係になるってわけじゃない。それくらいはわかるだろ?」
「……はい」
「もちろんそういう関係になりたくないわけでもない。ノイズだったら僕も嬉しいよ。けどね? 僕がそれを自覚して覚悟を決めたのは昨日のことなんだ。エアリーたちのおかげでね」
彼女たちがああ言ってくれなかったら、きっと二人に好意を伝えていなかった。一緒のベッドで寝ることもなかった。
だが、二人のおかげで逆に吹っ切れた。
僕はこの異世界で自由にしていいのだと。
自分勝手でもいいのだと思った。
「で、では! ノイズもその中に入れてもらえますか? 何番目でもいいので、ノイズはマーリンさんと一緒にいたいのです!」
健気な感情が伝わってくる。
ここまでは予想通りだ。だから、迷わず頷いた。
「ノイズがそれでいいと言うなら、僕は君も愛する。ずっと、愛してるよ」
「マーリンさん!」
抱きしめあう僕とノイズ。
この部屋にはソフィアたちもいる。なんていうか……浮気するクズ男になった気分だ。
いや、実際になってる。
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