第72話 答えはひとつ
食堂からアウリエルが立ち去った。
置かれた特大の爆弾はすでに爆発している。正面に座った二人の姉妹が、それぞれ異なる感情の表現をしていた。
片や姉エアリーは、ありありと表情に「いつでも可能ですよ!」という文字が見えるし、片や妹ソフィアはチラチラと視線を何度も向けてくる。
これはあれだ。僕から積極的にならないといけないやつだ。
けど、問題はアウリエルにそそのかれた……というより、背中を押されたことにある。
たしかに僕もエアリーとソフィアは好きだ。二人を抱きたいと思ってる。男ならそう思って当然だ。
しかし、すでにカメリアと肉体関係にある僕がそれを積極的に進めるのはどうなんだろう。
前世の基準で言えばあきらかに浮気。いわゆる不貞だ。
アウリエルの発言からして、この世界では一夫多妻が普通だとわかるが、それにしても前世の記憶がちらついて積極的に話せない。
悪いとは思うが、僕からは言い出せなかった。
一応、話題を変えるくらいのアシストはする。
「……な、なんかごめんね。彼女、変なことを口走るタイプで。気にしないでほしい」
「い、いえ……自分でも自分の欠点はよく理解してますから……」
「なら俯かないで正面を向かなきゃ! 積極的にいかないと、マーリン様は手に入らないよ!」
「っ……」
「——そ、それより! 二人はどうしてここに? なにか僕に用があって来たんだよね?」
「あ、すみません。特になにか用事があって来たわけでは。ただ、マーリン様に会いたかっただけです。まさか、タイミングよくこんな場面に遭遇するとは思ってもいませんでしたが」
だ、ダメだ! 話が戻ってくる!
エアリーは積極的だからわかるが、少しはソフィアのことも考えてあげてほしい。
彼女はずっと俯きながらなにかを考えている。
恐らく、そこに宿る感情は前に進むと退くかの二択。
僕は深くは突っ込めない。本来、二人と親密な関係になる資格はないのだから。
それでもソフィアは自分の意思で決断を下した。
バン、と珍しくテーブルを叩いて立ち上がる。
びくりと僕の肩が揺れた。
視線を向けると、覚悟の決まった表情でソフィアは叫ぶ。
「わ、私……! マーリン様のことが大好きです!!」
と。
「……う、うん。知ってるよ」
「はい! だから……その……」
「頑張れ、ソフィア。あと一歩だよ」
隣で微笑みながらエアリーも彼女の背中を押す。
新たな勇気を受け取った彼女は、グッと拳を強く握りしめて言い切った。
「その……! わ、私を抱いてください!」
「…………」
す、すごいストレートな言葉きたー!
もうちょっと濁して言うのかと思ったら、普通にぶち込んできた。ちょっとソフィアの口からは似合わない言葉でびっくりする。
だが、瞳に込められた感情に偽りはない。怯えながらも本気で僕を見つめていた。
……であれば、僕も茶化したり誤魔化したりはしない。
男らしく正直に吐露する。
「僕に二人を抱く資格はない」
「し、資格?」
ソフィアが首を傾げた。エアリーも不思議そうにこちらを見ている。
「ああ。僕は他の女性と肉体関係にある。だから、その上で二人のことを愛するのは難しい」
「それは……その方しか愛せないという話ですか?」
「いいや、違うよエアリー。僕も男だ。二人が好きだし、そういう関係になりたいという欲がある。けど、すでにひとりの女性と関係を持っている以上は……ね」
「? それのなにが悪いのでしょう」
「うぇ?」
エアリーの疑問にわかっていたけど驚く。
「魅力的な殿方が複数の女性と交際し、そういう関係になるのは必然。なにもおかしなことではありません。それともマーリン様が住んでいた地域では、いわゆる一夫多妻が普通ではなかったのでしょうか?」
「あ、えっと……うん。そういうことになるね」
「でしたら問題ありません! この国では一夫多妻は認められています! そして私たちはマーリン様がカメリアさんと寝ていようと構いませんもの!」
「なんで相手がカメリアだって知ってるの!?」
受け入れてくれたことより衝撃的なんだが!?
「それは……ねぇ? 彼女の様子を見ていればわかります。あれは女の顔」
「女の顔」
な、なんだそれ。
妙な迫力を感じるけどぜんぜん意味はわからない。
だが、唯一わかるのは……エアリーもソフィアも僕がだれと寝ていようが構わないってこと。
それが嫌いな相手でもないかぎりは受け入れるってことだ。
「とにかく。私は構いません。ソフィアも問題なさそうですし……どうか、マーリン様の本当の気持ちを教えてください」
「僕の、本当の気持ち……」
嘘偽りのない本音。
男としての、個人的な二人への感情? そんなの……一つに決まってる。
「好きだよ。愛してる。二人を手放したくない。独占欲が出てきて、だれにも渡したくない」
———————————————————————
あとがき。
マーリンくんは正直者です。
クズではありませんこともない!
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