第71話 爆弾発言

 アウリエルの危険な発言により、僕は盛大に吹いた。


「ごほっごほっ! え、エル……? 急になにを……」


 咽ながらも彼女に問う。


 するとアウリエルことエルは、平然な顔で続けた。


「運命ですよマーリン様。このお二人は、きっとマーリン様と出会うべくして出会った存在。先ほどマーリン様も運命だったと言ってたではありませんか。ええ。実に羨ましいかぎりです。ワタクシもあなた様と運命を感じたい。あなた様のためなら、この身を如何様にも汚していただきたい。そう思うのは、女性ならば当然のことでしょう?」


「ど、同意を求められても困ります……」


 恋愛うんぬんをすっ飛ばしていきなりすぎるだろ!


 そもそも僕とアウリエルは出会ったばかりだ。それこそ劇的な運命でも感じないかぎり、いきなり肉体関係になるって発想がおかしい。


 それとも異世界では普通なのか?


 そう思って正面に座るエアリーたちへ視線を流した。


 姉妹は揃ってやや顔を赤くしている。


 ……どうやら異世界でも初対面で抱き合う文化はないらしい。


「た、たしかに私はいつでも心の準備はできています。体も清めればすぐにでも使えるかと」


「エアリー!?」


 唐突に今度はエアリーがブッ込んできた。


 胸を張ってなにを言っているんだい!?


 別に君を手に入れるために助けたわけじゃない。あの時はソフィアの苦痛と悲しみを少しでも取り除きたいと思ったからだ。


 そりゃあエアリー自体は好きだよ。好意的に捉えている。向こうからもかなりの好印象だと知っている。


 だが、それでも一線を飛び越えるのは躊躇する。誰もが自分のヒロインなどと豪語する気にはなれなかった。


「お、お姉ちゃん……」


「ソフィアだってマーリン様のことを尊敬し、好きになったでしょ? ここでアピールしないといつか後悔することに……」


「お姉ちゃん!」


 隣に座る妹ソフィアへ、姉らしく? アドバイスするエアリー。


 しかし、それはソフィアの羞恥心を強く刺激する。顔を真っ赤にして怒られてしまった。


「ふむふむ……なるほど。おおむね二人の状況は理解しました。これはワタクシの出番はまだ先になりそうですね」


「それをもう少し早く気付いてほしかったかな」


 僕の横でぽつりと感想を零すアウリエル。


 彼女はこの短いあいだに、エアリーとソフィアが本気で僕に惚れていることに気付いた。


 まあ、見れば一目瞭然。ソフィアは言葉にこそしていないが、真っ赤な顔でちらちらとこちらを見てくる。


 その視線の中に、特大の熱量を感じた。


 誰が見たってわかる。


「いいえ。感情だけでしたら最初から気付いていましたよ。男女間のあいだに純粋な友情は成立しません。必ずどちらかが好意を持っているものです。なぜなら、それは生き物として当然の感情。そういう風に作られているのですから」


「……じゃあ、なんで今さらさっきの発言を?」


「状況を理解した、という部分ですね。それは、お二人がどれほど本気なのかを理解した、という意味です」


「本気?」


「ええ。中途半端に好意を寄せていたり、邪な感情をマーリン様に向けるようなら釘を刺していましたが、あの二人はいたって真面目です。伝わってくる感情も不快なものではない。ゆえに、ワタクシはあの二人に先手を譲ろうかと」


「先手……?」


 一体さっきから何の話だ?


 呑み込めるようでよくわからない。


 アウリエルが何かしらを調べたっていうのは伝わってきたが、具体的な話がぼやかされているように聞こえた。


「ふふ。遠まわしな言い方ですみません。ついついおかしな言葉を使ってしまいました。言うなれば、エアリーさんとソフィアさんを先に抱いてあげてください、ということです」


「——ぶぅっッ!!」


 またしても吹き出す。


 この人、特大の爆弾を平然と言ってのけた。僕の耳に囁くとか呟くとかではなく、普通のトーンと声量で言ったのだ。


 当然、目の前にいる二人にもそれは聞こえたわけで……。


 同時に二人の視線が僕の眉間に突き刺さった。


「抱いて……」


「だ、だだ、抱い……!?」


 エアリーは興味深そうにうんうんと首を縦に振り、対するソフィアはさらに顔を赤くして俯く。


 前からエアリーは積極的だったからわかる。ソフィアも控えめな彼女らしい反応だ。


 けれど、当の本人である僕は一体どんな反応をすればいいの?


 気まずいってレベルじゃないんだけど……。


 心臓が痛くなるほどの緊張感を感じた。


 僕が苦しんでいるのに、アウリエルは薄っすらと笑みを浮かべたまま席を立つ。


「まあ、そういうわけでお二人とも頑張ってくださいね。ワタクシは決してマーリン様を独り占めしようなどとは思っていません。皆様と分かち合うことこそが幸せ。……ですが、多少は積極的にいかないと、欲しいものを手に入れることはできませんよ? ね、ソフィアさん」


「ッ……!」


 図星を突かれてソフィアの肩がびくりと震える。


 それを見たあとでアウリエルが食堂の入り口へと歩いていった。護衛を伴って帰るらしい。


「ではワタクシはこれで。よい報告を待っていますわね」


 灯した火を消すことなく、彼女は姿を消した。


 取り残された僕たちはなんと気まずいことか……。


———————————————————————

あとがき。


作者はアウリエル推しです。


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