第70話 空気が重い
高い信仰心を持つ女性、アウリエルの誘惑に陥落しかけた僕。
そんな哀れな子羊の前に、二人の女性があらわれる。
僕の知り合いだった。馴染みのある髪色の女性たちを見て、思わずホッと胸を撫で下ろす。
ややアウリエルの体を後ろに押して、二人の名前を呼んだ。
「エアリー! ソフィア! や、やあ二人とも!」
「マーリン様。やはりこちらにいらしてましたか。二階の部屋を訪ねたら反応がなかったもので」
「おはようございます、マーリン様」
気さくに返事を返してくれるエアリーと、ぺこりと頭を下げて挨拶してくれたソフィア。
二人の登場により、残念そうな顔でアウリエルは僕から少しだけ距離を離した。
そこで初めて、三人は視界を交差させる。
「……ところで、そちらの女性は?」
「あ、ああ……彼女は……」
そこまで言って、ふと僕は口を閉ざす。
——あれ? 彼女はフードを被って素顔を隠している。その上で王女である彼女の名前を教えてもいいものなのか?
迷い、目の前のアウリエルを見る。
アウリエルは視線をこちらに戻すと、「あとはお任せください」と小さく呟いて席を立つ。
ソフィアたちの前に歩みを進めると、明るい声で言った。
「ワタクシはエルと申します。つい先日、そちらのマーリン様と顔を合わせた……そうですね、友人です。あなた方は?」
「あ、えっと……マーリン様の友人のエアリーです。こっちは妹のソフィアと申します」
「こ、こんにちは……」
隠しきれないアウリエル……エルのオーラに気圧される二人。
その視線がちらちらと僕のほうへ注がれる。
わかってるよ。説明してほしいって顔だ。けど、詳しいことはなにも言えない。彼女が話してもいいと判断するまでは。
「お二人はマーリン様とどのようなご関係で? 先ほどマーリン様に尋ねたら、特定の女性とは交際していないと仰っていましたが……」
「は、はい! マーリン様とはただの友人……というより、こちらが助けられた側なので、命恩人と言うべきかと」
「命の恩人? なるほど……個人情報なので詳細は聞きません。ただ、なるほど……」
何度もアウリエルは頷く。その意図が読めずに不安になった僕は、ひとまずエアリーたちに声をかけた。
「まあ雑談もほどほどに席に座りなよ。エアリーたちもいつまでも立ってたら足が痛くなるよ」
「……そうですね。お二人にはまだ聞きたいこともありますし、ぜひのんびりしていってください。それとも、なにか用事でも?」
「いえ、特には……。しいていうなら、マーリン様の様子を見に来たくらいでしょうか」
「でしたらどうぞ。お互いにマーリン様の知り合いであれば話も弾みます」
「あはは……」
アウリエルのその言葉には苦笑しかできなかった。
彼女の素性を知る僕からしたら、平民の彼女たちに王女の相手なんて辛いと思う。
当然、僕も彼女の相手は辛い。できることならさっさとこの場から抜け出したい気持ちでいっぱいだが、それをするとただの不敬罪だ。
用事を繕うにしたって、それっぽい理由はない。
冒険者活動に出かけようものなら、外で彼女に発見される可能性もある。
アウリエルは冒険者になるみたいなこと言ってたしね。
そうこう考えているあいだに、エアリーとソフィアが僕の対面に座る。
アウリエルことエルが僕の隣に腰を下ろし、奇妙な図式が関係した。
……なにこの状況。結構気まずいのはなぜだ?
男が僕ひとりで、アウリエルのことを二人には説明していなかったからかな?
まるで浮気がバレた修羅場のように空気が重い。
そして、その沈黙を破ったのは、やはりアウリエルだった。
「さて……なにをお話しましょうか。ワタクシのことを話してもほとんど話せないことばかりなので、お二人やマーリン様のお話が聞きたいです」
「私たちの話、ですか」
いくらなんでも無茶振りがすぎる。
たまらず僕が口を挟んだ。
「そうだね……僕とエアリーたちの出会いは運命みたいなものだったよ。たまたま顔を合わせて、運よく命を救えた。だから、今こうして仲良くできてる。ね? エアリー、ソフィア」
エアリーが病気を患っていたこと、ソフィアがそれで苦労したことなどは伏せる。その上でふたりとの出会いを話すと、姉妹は揃って恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
その表情に薄っすらと喜びの感情が見える。だって笑ってるもの、二人とも。
「へぇ……お二人はマーリン様とのあいだに運命を感じていると。そしてマーリン様もまた運命を感じていると。……羨ましい関係ですね。まさにワタクシめと同じ。ワタクシもマーリン様に運命を感じていますから」
「——ぶっ」
唐突にアウリエルがぶっ込んできた。
受け止める体勢じゃなかったため、盛大に唾を吹き出す。もちろん誰もいないほうへ。
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