第69話 お互いを知る

 食堂内にトリップした王女殿下アウリエルの声が響く。


「運命。運命を感じました。運命です。運命を見た。運命だと思います。運命だ。運命運命運命運命運命運命運命!! ああ! どうしましょう……! ワタクシめは、マーリン様に惚れてしまいましたわ!」


 ……。


 …………。


 ………………。




 ど う し て そ う な っ た !?


 あまりの言動に頭痛がする。


 彼女ほどの美女に惚れられること自体は嬉しい。それが自分の容姿によるものだとしても、男はモテる分には嬉しいのだ。


 しかし、相手が相手なだけに素直に喜びきれなかった。


 幸いだったのは、早朝ゆえに誰も食堂にいなかったこと。


 これで人がいたら、間違いなく鋭い視線が僕のもとへ突き刺さっていただろう。


 そのことに安堵するべきか、目の前の狂人に声をかけるべきか悩んで……後者を選択した。


「ちょ、ちょっとアウリエル? 落ち着いて……まずは落ち着いて考えよう。何がどうしたら僕に惚れるっていう展開になるんだ?」


「ワタクシは冷静です! 冷静で落ち着いているので問題ありません。それに先ほど言ったでしょう? ワタクシを想うマーリン様のお気持ちに惚れてしまったと。それは外見的な要素だけではなく、内面的な要素も含めたすべてを好きになったという証拠。ああ……! これこそ本物の愛! 今すぐ結婚しましょう。神は我々を祝福してくださるに違いありません!」


 その神様って僕のことじゃなかったの?


 いや、彼女自身も僕が神であるとは思っていない、みたいなこと言ってたけども。


 それにしたってありえない結論に行き着いた彼女に、僕は言葉を失ってしまった。


 なんていうのかな……勢いがすごい。逆に好感が持てるくらい面白い子だった。


 でもさすがに結婚はちょっと……。


 だれかと付き合ったこともないのに、いきなりその過程をすっ飛ばすのはどうかと思う。




 ——え? カメリア? 彼女とは交際していない。互いに恋人だと言ったこともないし、付き合ってると口にしたこともない。


 きっとこういうのを都合のいい関係、もしくは肉体関係と言うのだろう。


 彼女との思い出はカウントする必要はない。カメリアにも悪いし。




 話を戻す。


「い、いくら何でも結婚は無理だよ。僕、まだそういう願望とかないし」


「が、ガーン! そうなんですか……? では、お付き合いしてる女性などは……」


「いないね。そりゃあいつかは所帯を持って暮らしたいとは思ってるけど、さすがに二十歳で結婚は早すぎるよ」


「貴族の方々は結婚する年齢ですよ? 平民だって暮らし次第では結婚します」


「すごいな異世界!」


「異世界……?」


「あ……なんでもないなんでもない。それより、どちらにせよ僕は僕だ。周りが結婚してるからって結婚するわけじゃない。アウリエルのこともぜんぜん知らないしね」


「むっ……たしかにそうですね。申し訳ござません。気持ちが昂ぶりすぎて少々焦ってしました。マーリン様の仰るように、互いのことをよく知るのは大事です。ワタクシとしても、マーリン様には自分のことをよく知ってほしい。——そこで」


 すすす、とアウリエルが席に座り直し、ゆっくりと僕の近くに寄った。


 どこか妖艶さを感じさせる表情でぴたりと僕の胸元に手を当てると、「ふふ」と小さく笑う。


「あ、アウリエル? なにを……」


「もちろんマーリン様を知り、マーリン様に知ってもらうための行動です。男女は体を合わせるのが一番だとワタクシは教わりました。過去の話を紐解いても、男女間のあいだにはこの手の色事が付き物。それともマーリン様は、禁欲の誓いなどを立てておられますか?」


「い、いや……そんなものは立ててないけど……」


 禁欲の誓いなんて立てていたら、カメリアを抱いたりしていない。


 それに他の女性たちとも親しくできるはずがない。


 だが、それにしたって……すごい積極的だな、彼女は。


 僕の知る女性で積極的なのはエアリーだけだったが、彼女と違ってアウリエルは最後の一線すら容易く飛び越えてくる。


 彼女の二つの膨らみが、ゼロ距離になったことで僕の身体に当たった。


 ぐにゃりと変形する柔らかさに、思わず顔が赤くなった。


 ——ま、まずい!


 このままでは僕の羞恥心というか興奮というか変態性が露になってしまう。


 必死に下半身へこもる熱を押さえつけているが、彼女の前でどれほど持つか……。


 半ば諦めかけた。


 ——そのとき。




 神は僕を見捨てない。諦めていた僕の前に、ふたりの女性が姿を見せた。


 たいへん頼りになる、ソフィアたち姉妹が。

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