第68話 どうして⁉︎

 過程とか、結果とか、そういう諸々を一切省いて彼女は宣言した。


「そうと決まれば、ワタクシも冒険者になるのです!」


 ……なんて?


 なんでいきなり一国の王女様が、冒険者活動に興味を示すのか意味がわからなかった。


 彼女が漏らす呟きを頭の中でまとめると、つまりこういう事になる。




 まず、僕はあまり王都に行きたくない。それは、冒険者として活動しているからだ。


 次に、冒険者としての活動をしながらも王都にはいける。仕事をする機会は当然減るだろうが、それでも王都には行ける。


 それでも王都に行きたくないのは、そもそも自分への好感度……仲良し度が足りないと彼女は考えた。


 ならば同じ目線に立ち、同じ時間を共有することがもっとも仲良くなるための近道。凶悪な魔物を倒す仕事には興味もあったので、我が神の役に立ち、そのそばにいるべくワタクシめも冒険者になります!


 ——ということらしい。


 ハハ。


 この王女様はなにを言ってるんだ? 噛み締めてもぜんぜん意味がわからない。


 お転婆とか積極的とかそういう次元じゃない。やっぱり僕としては彼女に一番似合ってる言葉は、「狂気」の二文字だと思った。


 なぜ、敬愛する相手のために命を懸けられるのか。なぜ、王女様が冒険者として活動する必要があるのか。


 それらの常識というか当然の疑問は、彼女には当てはまらない。


 すでにやる気に満ちた王女様は、後ろに立つ護衛騎士にも協力するよう告げる。


 もちろん彼らはイエスマン。王女様の命令に背くわけにはいかない。その表情には、いかなる感情も宿ってはいなかった。


 コイツら……面構えが違う。一体、どれだけの命令をこなしてきたんだ!?


「ふふ。今後の方針が決まりましたね。お父様にはすぐに戻ってくるように言われましたが、用事ができては無理な話。適当に誤魔化して冒険者として精を出しましょう! ……ああ、ご安心ください、我が神よ。ワタクシめが稼いだお金はすべてあなた様へ捧げます。この体もいままで純潔を保ってきましたが、それは神へ捧げるため。いつでもワタクシの用意は万全でございます! 見ますか? しっかりと手入れして……」


「あぁああああああ————!?」


 彼女がとんでもない言葉を伝えてこようとした。たまらず僕は叫ぶ。


 スカートに手を添えた彼女に首をぶんぶん横に振って、やめてくださいお願いしますと懇願する。


 やや残念そうにスカートを下ろしたアウリエル殿下は、


「見たくないのですか? まだ好感度が足りませんかね? 美貌だけは自信があったのですが……胸だってわりと大きい方だし……」と呟いてから席に座りなおす。


 その発言は聞かなかったことにして、——いやできない。


 いくらなんでも今後のことを考えると、彼女には苦言を呈さずにはいられなかった。


 真面目な表情で少しだけ言葉尻を重くする。


「アウリエルの想い、覚悟はよくわかった。僕としても、そこまで想われるのは嫌じゃない」


「まあまあ!」


 喜ぶアウリエル王女。


 直後にぐさりと釘を刺す。


「——けど! その想いは僕に対するものじゃない。それは神様への愛情だ。僕は僕を愛してくれる人を愛したい。それに、アウリエルの愛は本当に、心の底から愛せる人に捧げるべきだ。そこに神は関係ない。むしろ、人類を想っている神様ならアウリエルの幸せを願うだろ? だから、そういう簡単に自分を捧げるような発言は嫌いだ。やめてくれ」


 一通り自分の気持ちを話し終えると、食堂の空気が張り詰める。


 あれだけ無表情だったはずの騎士の顔に、汗と焦りが生まれた。自然と視線が下にいる王女へ落ちる。


 彼女はすぐに反応を返さなかった。目を見開き、ジッと濁った瞳で僕を見つめる。


 そんな時間が数秒、数十秒、数分と経つ。


 徐々にこみ上げてくる不安。それを、ようやく口を開いたアウリエル王女が払拭してくれた。


 ひどく、真面目な声で。


「——運命」


「え?」


「運命です」


 彼女は言った。その言葉の意味が理解できない。


 首を傾げる僕に、さらに続ける。


「ワタクシは今、あなた様に運命を感じました。生まれてこの方、一度もだれかに怒られたという経験はなく、これほどまでに純粋な想いを向けられたのは……初めてです」


 ガタン、とアウリエルが席から立つ。


 恍惚の表情を浮かべると、勢いよく僕の手を取ってまくし立てる。


「運命。運命を感じました。運命です。運命を見た。運命だと思います。運命だ。運命運命運命運命運命運命運命!! ああ! どうしましょう……! ワタクシめは、マーリン様に惚れてしまいましたわ!」


 ……。


 …………。


 ………………。




 ど う し て そ う な っ た !?

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