第67話 ワタクシもなります!

 ガンギマリ王女こそアウリエル・サラ・マグノリア。


 マグノリア王国の第四王女らしいが、突然、彼女は僕の部屋を訪れた。


 最初は妙な偶然もあるもんだなぁ、と現実逃避してみたが、自分から名乗りをあげた彼女を止めることはできなかった。


 すごい女性だ。色々とすごい。


 美貌とか口調とかオーラとかそういうものじゃない。


 狂いっぷりが凄かった。


 あれで一国の王女を名乗れるのだから、もしかするとマグノリア王国はたいへんやべぇ感じなのかもしれない。


 少なくとも僕は彼女を見て、他の王族への印象がだいぶ変わった。


 異世界の王族は、なんていうかもっと怖くてエリート意識のある集団だと思っていたが、ファーストコンタクトがアレだ。狂信者だった。


 雰囲気とか口調から滲み出るお嬢様っぽいイメージもあったが、それら全てをあの狂気が埋め尽くした。


 悪い人ではないだろう。僕を無理やり捕まえて連行するのではなく、しっかり話し合った結果、あっさり退いてくれるくらいには性格もいい。


 けど、あの人のそばで生活なんてしてみろ。一日も僕の精神は持たない。


 そもそも信者のトップからしてあれなら、その下も相当やべぇのでは?


 まだこの町の教会には足を踏み入れてないが、王女殿下のおかげで行く気が失せた。


 きっと僕は関わらないほうがいいんだろう。


 アウリエル殿下が言ったように、神の使徒っていうのもあながち間違いじゃない気がするし……。


 どっと疲れた精神を癒すために、ベッドに転がる。


 その日は、なにもする気が起きなくてずっと休んでいた。




 ▼




 日を跨いで翌日。


 ベッドから起きた僕は、アウリエル殿下の目から逃れるべく、早朝から宿を抜け出そうとした。


 ローブに袖を通し、フードを被って宿を出る。


 その瞬間、反対側にある建物の隅でこちらを見つめる熱視線……アウリエル殿下の顔を見つけ、鼻息の荒い彼女と目が合った。


 目が、合ってしまった……。


「あ、アウリエル殿下……」


「おはようございます、我が神よ。昨日も言ったとおり、ワタクシのことはアウリエルと。このクズ女、ストーカー野郎! でも構いませんわ」


「客観的に自分のことを見れているのに、行為自体はやめないんですね……」


「当然です。それほどこの気持ちは強く熱いのです! 我が神を見ているだけで、思わず欲情してしまいますわ」


「それは大変で」


 もう嫌なんだけど!?


 話して数秒後には帰りたくなった。というか、この状況でまたあとで、と言ったところでストーキングされる未来しか見えない。


 どうしたものかと悩んだ末に、またしっかりとお断りの返事を伝えるべく、僕は彼女を連れて宿に戻る。


 僕の部屋には行かない。すでに開いている一階の食堂に足を踏み入れた。


 僕も彼女も素顔を隠すためにフードを付けている。異様な集団が現れると、食堂の空気は……うん、大丈夫だった。さすがに早朝だからか誰もいない。


 出迎えてくれたカメリアが、王女の姿を見て察してくれる。


「あ、おはようございますマーリ……ンさん。どうぞ奥へ」


 笑顔が一瞬にしてスンッ、ってなった。


 いいねカメリア。王女の前だからしっかりしてる。でも僕としては彼女もいてくれたほうが嬉しい。「少し時間はあるかな?」と尋ねると、「仕込があるので……」と爆速で逃げられた。


 しょぼん。


 席に座ったアウリエルが、その光景を見て口を開いた。


「いまのはお知り合いですか? たしか、昨日、部屋を訪れたときにもいましたよね」


「——え? ああ……うん。親しい人、かな」


「なるほど……彼女がいるから王都には来れないと? 十分な金銭と、彼女のための枠もありますが」


「結構です。そういうわけじゃないんで」


「むっ……残念です。では、なぜ王都に来れないのですか? 忙しい?」


「……まあ、一応は。これでも冒険者だから」


「冒険者? ああ……そう言えば報告にありましたね。ヴィヴィアンをアラクネから守ったと。ふむ……」


「アウリエル?」


 なんだか様子が変わった。人差し指を唇に当てて、なにかを考えている。


 その姿に不安を覚えた僕は、彼女の名前を小さく呟く。


 すると、アウリエル王女はパッと視線を戻してにんまりと笑った。


「ひとまず、理由はよくわかりませんが、我が神が冒険者であることは知っています。きっと冒険者活動が楽しいのでしょう?」


「え? そ、そうなる……かな?」


「でしたら話は早い。まず我が神のことを知るところから始めましょう。何事も急いてはことを仕損じると東方の言葉にもありますし、ゆっくりと仲良くなればいい。ええ。きっとそうに違いありません」


 ひとりで言ってひとりで納得するアウリエル王女。


 明るくなった表情で、彼女はとんでもない発言を飛ばした。




「そうと決まれば、ワタクシも冒険者になるのです!」


 ……なんて?

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