第66話 ヤバすぎる

「あなた様を王都へ招くべく、この場へはせ参じました。どうか、ワタクシめと共に教会で信者たちを導きましょう! 当然、この身はあなた様へ捧げます。どのような暴力、愛欲をぶつけても構いませんむしろぶつけてください!!」


 両手を広げて、全身で恍惚を示す。喜びと欲望をだだ漏れにしたまま、彼女はすんごい事を言った。


 ちょっとなに言ってるのかサッパリ解らなかったが、とりあえずそれでも話をしてみることにする。


「僕を……王都に?」


「ええ。神が王都に来れば、信者だけではなく住民たちも安心するでしょう。この世界は不安と不満、苦しみに満ちています。それを取り除けるのは、神をおいて他にいない。もちろん、あなた様が本物の神ではないと知っています。神が地上に降臨すればどのような影響を及ぼすか……。それがないことからもハッキリと解りました」


「じゃあなんで僕を神だと? それに、わざわざ王女様が頭を下げるなんて……」


「ああ! どうか王女だなんて他人行儀かつ失礼な呼び方はしないでください! あなた様の前ではただのアウリエル……哀れな人間でしかありません」


 カッと目を見開くアウリエル王女。僕が失言? する度にどんどん顔芸が増していく。


 最初は清楚系の美人かと思いきや、ただの薬物中毒者みたいな人だった。


 いや、前世でも薬物中毒者など見たことないが、なんていうのかな……とにかくヤバいって意味で使った。


 だって本当にヤバいよ? 瞳孔開いてるし、目は濁ってるし、それでいて笑顔だし、圧がすごい。言ってることも意味不明だし、自分をとにかく下に見ている節がある。


 そもそも僕を本物の神じゃないと言ってるのに、丁寧な対応をするのは矛盾しているんじゃ……?


 これまでで一番気になった疑問を投げる。


「でも、その……僕はただの人間で、あなたは王女ですから……」


「関係ありません。その外見を見ればわかります。あなた様が神によってこの地上へ遣わされた代行者……もしくは使徒のような存在であることは!」


「違います」


「隠さなくていいのです。その高貴なオーラはいくら否定しようとも消せない。あなた様のオーラは、まさしく輝いている!」


「銀髪と金色の瞳ですからね」


「ああ! 神よ! ご自身が地上に降臨するのは難しいと、干渉を避けて使途様を遣わしてくれたこと、人類代表としてお礼申し上げます! きっと前回の降臨で、世界に影響が大きいと配慮された結果なのですね! ええ。ええ。そうに違いありません。ですが神は人を見捨てない。マーリン様というたいへん素敵な使途様を世界平和のために生み出してくれたのだから!」


 ダメだこの人! ぜんぜんこっちの話を聞いてくれない!


 僕がひとつ質問したら、自分の中で自己完結するタイプだ!


 ほとんど一人で喋ってやがる。


 くるくるとその場で回り出した王女殿下。瞳には怪しい色の輝きが宿り、より一層の狂気をばら撒く。


 すでに後方を確認すると、そこにカメリアの姿はなかった。


 どうやらヤバい雰囲気を感じ取って逃げたらしい。


 奥にあった窓が開いている。


 いくらなんでも、二階から飛び降りて逃げるって、どんだけアグレッシブな子なんだ……。意外と運動神経いいのかな? などと、現実逃避もはじまる。


 思えばアウリエル殿下が名乗りをあげる前にはもう、カメリアの気配が消えていたように感じる。


 危機察知能力高すぎるだろ。僕にも教えてほしかった。


「ということで、ぜひ、ワタクシめと一緒に王都へ参りましょう! 神を国民全員で崇め称えるのです! 最高級のおもてなしをお約束します!」


 なにがどうして、「ということ」になるの?


 一瞬だけ意識を逸らしている間に、もう話は最後まで進んでいた。


 困惑しながらもその提案を拒否する。


「す、すみません……僕には他にやりたいこともあるので……」


 王女より位が上なんだろう? これでさっさと退いてくれると嬉しいな。


 でもわかってる。どうせ退いてくれないんだろ?


 だって笑みが消えてないもの。


「そう、ですか……残念ですね。とはいえ、神の道を妨げるのも不敬。仕方ありません」


 止まっていた足をくるりと回す。その場で反転し、僕から視線を逸らした。


 一歩、また一歩と前のめりに入った僕の部屋から出ていく。そして、最後にもう一度だけ視線をこちらに向けると、実に不敵な笑みのまま言った。


「ではまた明日。本日はお話を聞いていただきありがとうございました」


 と、深々と頭を下げて、護衛の騎士を伴ってどこかへ消える。


 廊下に顔を出して彼女がいなくなるのを確認すると、僕は当然の疑問を口から吐き出す。




「……また、?」


 結局明日も来るんかい!

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