第61話 みんなで旅を

 僕がひとり旅も悪くないなぁ、と呟いたところ、なぜかエアリーとソフィアの表情が一変した。


 先ほどまでずっとニコニコ笑顔だったのに、今度は驚愕に目を見開いてジッと僕を見つめる。


 痛いくらいの沈黙と彼女たちの視線が、なんだか酷く恐ろしいものに思えた。


 たまらず僕は声をかける。


「え、エアリー? ソフィア? どうしたの、二人とも急に黙って……」


「そ、その……。いまの話は本当ですか? マーリン様が旅をするっていうのは……」


「え? 本気ではないけど……ほら、僕ってお偉いさんと話すのは苦手だし。ギルドマスターくらいならともかく、一国の王女様でしょ? 面倒だからしばらく旅にでも出て姿をくらませようかなぁ……なんて」


「そんな! マーリン様がソフィアたちの前からいなくなるんですか!? 取り残されるなんて……つ、辛いです……!」


 じんわり。


 ソフィアの双眸に大粒の雫が溢れ出す。慌てて僕は両手と首を左右に振って彼女の言葉を否定した。


「そ、ソフィア!? 泣かないで!? ただの冗談……というか、そういうのもアリだなっていうだけだから! 確定じゃないから!」


「……グス。本当、ですか? いきなりソフィアたちの前からいなくなったりしませんか……?」


「いなくならない! 絶対に! そうなるとしても声をかけてからいなくなるから! 普通に」


「……わかりました。グス。すみません。いきなり、泣き出すなんて……」


 ごしごし、とソフィアは自分の両目の拭う。


 ダムが結壊する前に訂正できてよかった。こんな森の中で泣かれたら、僕の心にまで大ダメージが及ぶ。


 ソフィアはとくに妹みたいに可愛がってる子だ。そんなソフィアの涙は見たくない。


「ソフィアったら……。相変わらず感情表現のわかりやすい子ね。そういうところが可愛いんだけど」


「お姉ちゃんうるさい」


「ひ、ひどっ……! マーリン様、妹に虐められます。しくしく」


 わざとらしい泣き真似で僕の胸元に抱き付いてくるエアリー。


 隣からソフィアのジト目が突き刺さっていた。実の姉にそんな目を向けちゃいけませんよソフィアさん。


「はいはい。それよりしっかり周りを警戒しようね。ソフィアが安全に薬草を採れないと、モンスターを倒せないかぎり収入は増えないんだからさ」


「ぷー……。わかっていますよ~」


 残念そうにエアリーがそばから離れて頬を膨らませる。


 彼女は彼女ですごく退屈していた。無理もない。森に入ってもう一時間以上は経つのに、一向にモンスターが出てこないのだから。


 アラクネが見つかる前だったらゴブリンくらいは何匹か出てきていた。それがまったくないということは……ここ数日でハブールに狩られたっぽいな。


 あんなグロテスクなバケモノに襲われて殺されるとか、僕だったら発狂ものである。


「でも本当に静かな森ですね。私が活動していた時にはありえないほどに」


「お姉ちゃんが寝込んでいるあいだもここまでモンスターがいなかったことはないよ。私としては薬草が採取しやすくて助かるけど、モンスターを倒さないとどうしても収入がね……」


「そうそう。さっきの話に戻りますが、マーリン様がどこかへ旅に出る際、私たちもお金を持っていないとついて行けませんし」


「……ついて来る気だったの?」


 衝撃の事実が発覚。


「マーリン様が嫌でなかったら、の話ですがね」


「エアリーたちに嫌だって言えるわけないだろ? むしろ嬉しいくらいだよ」


「本当ですか!? でしたら、やっぱりみんなで旅をするのも悪くないですね!」


「みんなで旅……旅、かぁ……」


 ぷちぷちと薬草を摘みながらソフィアもボソッと呟く。


 僕も彼女たちとの旅を想像して頬が緩んだ。


 ひとりの時間も恋しいが、それは作ろうと思えば簡単に作れる。大事なのは、セニヨンの町で……いや、この異世界で知り合った友人たちと一緒にいられること。


 友情ばかりは、作ろうとするのに度胸やタイミングが必要になる。一期一会なんて言葉もあるくらいだし、いまのこの関係を大切にしないとね。


 それに……正直、エアリーたちが一緒なら絶対に退屈しないであろう確信があった。彼女たちもきっと同じ気持ちだと思いたい。


「いいね、みんなで旅をするのも。この世界を見て回って観光するのは、とても楽しそうだ」


「マーリン様の故郷にも行ってみたいです」


「……え? そ、それは無理かな?」


 いくらなんでも次元を超えた旅は神様の許可が下りないと思う。そもそも元の世界にこの状態の僕が帰っても気まずい上にただの不審者だ。


 それとなく、「とてもとても遠い場所だからね……」とボカしておいた。


 最後に、半ば誤魔化すように続ける。


「——とりあえず! ノイズも誘ってみんなでいつか旅に出たいね!」


 と言うと、なぜだかエアリーとソフィアは深いため息をついた。


 なんで!?


「ハァ……そうですよね。マーリン様はそういう人ですよね……。まあ、我々も彼女のことは嫌いではありませんが」


「一緒なのはいいんだけど……ここで言わないでほしかったかもしれません」


 ソフィアまで苦言を述べる。若干、周りの空気が重くなった気がする。




 解せん!

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